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五十一 しばし寮生活
「~♪」
鼻歌まじりに朝定食を掻き込む俺に、同期の宮脇陸が「ご機嫌じゃん」と眉を上げた。同じく蓮田陽介と大津晃も、怪訝な顔つきだ。
(そりゃ、そうよ)
浮かれている理由は、単純だ。何しろ吉永との関係は良好だし。昨晩は可愛かったし。それに――。
(足でしてくれるって言ってたしな!)
今週末は吉永とデートだ。ホテルにもまた行きたいと思っていたところで、足でサービスして貰う約束までしたし、これが浮かれずにいられるもんか。
(寮じゃなきゃ、朝だってずっと一緒にいて。なんなら、ベッドでイチャイチャしながら飯食うのだって出来んのに)
吉永と関係を持つようになってから、今まで以上に寮というのが不便だと思うようになった。今までの寮の不満とは、まるで違う。今までは、寮はつまらない、何もないと思っていた。けど、今はそうは思ってない。吉永が居れば、つまらないなんて感情は抱かない。でも、不便だとは思うようになった。門限はあるし、部屋にシャワーはないし、イチャイチャ出来る場所も限られるし。
俺がニヤニヤしたり、顔を顰めたりと百面相をしていると、不意に大津が「あ」と声を上げた。
「ん?」
「解った。航平、河井さんと良い感じなんだろ」
「え」
大津の指摘に、戸惑って飯を食う手を止める。蓮田と宮脇も「ああ」と頷いた」
「そういや、最近河井さん夕暮れ寮に来るよな」
「アレでしょ? 総務の仕事とか言っちゃって、本当は航平目当てなんでしょ~? オレ聞かれたもん。『久我くんいますか~?』って」
「いや、それは」
誤解だ。いや、誤解でもないのか。河井さんには堂々と、宣言されている。実のところ、先送り中の問題なのだ。
「こりゃ、寮を出ていくって宣言したの、マジになりそうだな」
「う」
そう言えば、そんな宣言もしていたと思い出す。今となっては、なんであんなことを言ったのか……。
(今のところ、寮を出る気はないんだよな……)
寮が不便なのは事実だが、寮には吉永が居る。吉永と外で暮らす――男同士で同棲なんか出来るのだろうか、ということに関して、俺は今のところ自信がない。吉永と恋人同士になるということでさえ、一大決心だったのに、先のことなんかまだ考えられない。世の同性カップルはどうしているんだろうか。俺は詳しくないけれど、やっぱり陰に隠れてコソコソ付き合うもんなんじゃないのか。
(知り合いにゲイなんかいないし、周囲にそういう奴なんか見たことないしな……)
世間的には認知されつつあるものだとは思うが、まだまだ俺にとっては『ファンタジー』だ。吉永を好きになっていなければ、そんなの本当にあるの? って感じだったと思う。俺が足フェチなのと同じで、「そういう趣向だろ」って感じ。吉永を好きになった今でさえ、他の男を好きになることはないと思うし、男しか好きになれない人間とか、良く分からない。
(まあ、それでも、河井さんではなく、吉永なんだよな……)
人の心って不思議だ。世の中、どう転ぶか分からない。
「言っておくけど、俺と河井さんはそんなんじゃないからな」
「解ってるよ。まだなんだろ?」
「うまく行ったら言えよな」
二ヒヒと笑う宮脇たちに、俺はハァと溜め息を吐く。本当に、困ったもんだ。とはいえ、吉永と付き合っているとは言えるわけじゃない。外野がこんな風に言うのが、こんなに腹立つものだとは。
まだ冷やかしてきそうな同期たちを無視して、俺は飯を掻き込んだ。
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