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八十四 憂鬱なバーベキュー
「浮気しないからな。律だけだからな。律より良い脚ないし」
「解った。解ったから。さっさと行け」
誤解されたくないから必死な俺に対して、散々ラブラブモードで色々したせいか律の見送りはやや雑だった。後ろ髪を引かれる俺に対し、律はニッと笑いながら手を振る。
「おれ以外の脚に見惚れんなよ」
「解ってる」
大丈夫だ。河井さんはロングスカート派だし、他の二人の女子も好みの脚じゃない。いや、そういう問題じゃなく、俺には律が最高なのである。体型が変わって脚の形が変わっても律が良いのである。
「行ってきます」
「気をつけろよ」
ああ、平気そうな顔をしてるけど、本当は寂しいに違いない。そう思いながら時々後ろを振り返る。律は欠伸をしてドアの方へ向くと、俺の方は見ずに部屋に入ってしまった。
「……」
平気そうな顔をしてるが、平気じゃないはずだ。今頃、寂しさのあまり枕を抱きしめて、自分で慰めてるはずだ。多分、二度寝じゃないはずだ。すごい平気そうな顔をしてたけど、そんなことはないだろう。だってあんなに嫌そうだったもん。嫌そうな「てい」を装ったわけじゃないはずだ。めっちゃ嫌だったはずだ。
「………」
帰ったら、寂しい思いをさせた分、たっぷり埋め合わせをしてやらないとな。最近は最初の頃より感度良くなってる気がするし、もっと開発してやらんと。こう見えて俺も律を悦ばせるために勉強しているのだ。
「……よし、行くか」
友人の恋路に付き合うのも、サラリーマンの宿命だろう。気乗りしないバーベキューだって、ノリノリで参加してやるのである。
◆ ◆ ◆
バーベキュー会場というのは、いわゆる日帰りキャンプが出来るグランピング施設というやつだ。手ぶらで遊びに行って、片付けもお任せという、キャンプ気分を手軽に味わうには丁度いい施設である。キャンプが流行っているとはいえ、ガチに揃えると大変だし面倒くさい。そんな人が気軽に遊べるのが、このサービスというわけだ。田舎だからか広い場所が多いからか、地元にはこういった施設が多々ある。
「ん-、疲れた~」
「栃木くん、運転お疲れ様」
「うん。ありがとう」
宮城さんが栃木に声をかける。今日は電車ではかなり時間がかかるということもあり、栃木と宮崎が車を出すことになった。残念ながら栃木が狙っていた香川さんは、河井さんとともに宮崎の車に乗車した。せっかくのアピールポイントだったのに、ままならないものだ。
(俺は河井さんと一緒じゃなかったから、ちょっとホッとしたけどな)
宮崎の車の方からも、河井さんたちが降りて来る。車内で楽しく会話出来たのか、宮崎のやつは上機嫌で香川さんと河井さんに話しかけている。
「近くの農園でまだいちご狩り出来るんだって」
「えー。良いなあ。いちご狩り行ったことなーい」
「ソフトクリーム食べたいな~」
女の子組はバーベキューよりもいちご狩りの方に興味が向いているようだ。バーベキューが終わったらすることもないし、いちご狩りに行くのは良いだろう。せっかくのバーベキューだが栃木・宮崎の二人が運転なのでアルコールも飲めないし、丁度好いところだ。
(今日は幹事に徹しよう)
陰の存在となって、キューピットに専念するのだ。
そう思いながら受付を済ませると、いつの間にか河井さんが背後に立っていた。
「何か手伝う?」
「っ…。いや、もう道具も材料も置いてあるって。行けばいいみたい」
「へえー、便利な世の中ですな」
「だね」
笑みを浮かべる河井さんは、やっぱり好感度が高かった。今日の河井さんのファッションはベージュのジャンパースカートに白っぽいクロッシュ帽子という服装だった。香川さんのほうは黒のキャップにビビットピンクがアクセントの黒いTシャツ、ストレッチパンツにマウンテンパーカーというアウトドア向きの恰好。ヨガが趣味だという宮城さんは、ジーンズにカーキ色のアウトドアベスト、サファリハットという機能的なスタイルである。なお男子メンバーはジーンズ、チェックのシャツにTシャツという、揃いも揃って代り映えのしない格好だ。色だけが赤・青・黄色と違っている。なお俺は青である。
流れで河井さんと一緒に歩く感じになってしまい、自然と男女ペアになって別れる。ただ、栃木の隣には宮城さんがいた。もしかして宮城さんの方は栃木を狙っているのかも知れないと、ちょっとだけ思った。
「また誘ってくれて、嬉しいな」
「あー…。栃木が、発案で」
「そうなんだ。お礼、言わなきゃだね」
それだけ話すと、会話が途切れる。なんとなく気まずい沈黙だった。河井さんとどんな会話をしていたのか、思い出せない。沈黙を破ったのは河井さんだった。
「最近、忙しかった?」
「え? あ――」
河井さんと何度かデートを重ねたのち、結局意識的にフェードアウトしてしまった。そのことについて、河井さんから何か言われたことはなかったが、デートに誘われたことはあった。都合が悪いとか言って断ってから、河井さんも何も言ってこなくなった。
言い淀む俺を、河井さんがじっと見つめる。何もかも見透かされているような視線だった。
「もしかすると、つけ入る隙、無い感じですか?」
「――」
河井さんが何を言いたいのか、解らない。いや、解るのだが。
「えっと……」
「はっきりしないの、良くないと思う」
「……ゴメン」
「ううん。謝る必要、ないけど。――そっか」
「……ゴメン、なんか」
謝る必要はないと言われているのに、どうしても口から出るのは謝罪の言葉だった。河井さんが『しょうがないわね』って顔して笑った。
「良いの、きっと、上手く行かなかったから」
「そう、なの?」
「そうだよ。だって久我くん、ちょっと鈍いし」
「鈍い、かな」
「ズルいし」
「……そう、なんだ?」
「それはもう、苦労しそうだもん!」
「……それは何だか。……もしかして、けなされてる?」
「だからね」
「うん」
「大切にしなきゃ、ダメだよ」
「――うん」
「我慢させちゃ、ダメだからね」
「……気を付けます」
「話聞いてあげなきゃ、ダメになっちゃうからね」
「……うん」
「――……」
河井さんが無言になる。気になって、横目で彼女を見て、後悔した。見ないふりをして、前を向く。
多分、これまでも。彼女を傷つけていたのだろう。そう思うと、心苦しくなった。「ごめん」という言葉が出かかって、唇を閉ざす。その言葉を軽々しくいうのは、違う気がした。
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