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 いつにもまして人の行き来がある裏通りを進み、閉店時間まで一時間を切っても繁盛している「マツモリ食堂」の前へ差し掛かった。 「今、伯母さんとイトコが手伝いに来てくれてるんだ。だから今日は友達と夏祭りに行っていいよって、お母さんが」 「なるほど。そのタコ焼きはみんなへのお土産か」 「これは甫先生への差し入れだよ」  週末、営業はしていないが、事務処理に追われた司法書士が頻繁に事務所にこもっていることを拓斗は知っていた。出前の注文、もしくは店まで食べにくるからだ。 「今から寄ってもいい?」  拓斗がはっきり口にしなくても伊吹生にはわかっていた。先月の「ノスフェラトゥ」で、自分の知らないところで何があったのか。少年がちゃんと向き合おうとしていることを。 「もう夜遅いし、十分だけだ」 「うん。あ……でも、今の人達とご飯食べてきたのかな。タコ焼き、食べれる?」 「余裕で食える」  磨りガラスの扉が店内の明かりを反射する「マツモリ食堂」を通り過ぎて、数分も歩かない内に事務所の入るビルに着いた。 「全部いいのか?」 「俺はもういっぱい食べたから」  天井の蛍光灯を一ヶ所だけ、そして冷房を点け、事務所内のミーティングテーブルで伊吹生は拓斗と向かい合った。 「忽那凌貴。アイツはノスフェラトゥのVIP客で、兄は支配人と友人だそうだ」  適温になったタコ焼きをあっという間に平らげた伊吹生は、柄物の甚平姿で神妙にしている拓斗に教えた。  プールに落ち、凌貴に助け出されたこと。彼の協力を仰いで生き餌バイトから拓斗を外してもらったこと。何でも聞くと約束したら、血のワインによる乾杯をせがまれたこと。 「甫先生、それを飲んで、興奮し過ぎて、失神しちゃったんだ……」  ただ、キスのくだりは話す必要性がないと判断し、バッサリ省略した。 「先生が興奮するって、想像できない。狼男みたいになるの?」 「想像しなくていい」  緑茶を飲んでいた拓斗はグラスをテーブルに下ろす。 「本当にありがとう、甫先生」  当時、正にカーニバル・デイの幕が開く直前、スタッフから控室に残るよう指示されて拓斗は驚いたという。 「俺、自分に落ち度とか不備があって外されたのかと思ったんだ。びっくりしたけど、正直、ほっとした気持ちの方が大きかった」  真夜中の狂騒を経て、夜明け前になっても、大広間へ向かった他の「普通種」は控室に戻ってこなかった。 「数時間も放置された後、スタッフの人がやっと来て、帰っていいって言われて。一人で外に出て、門に向かったら先生がいて。あのとき、本当に嬉しかった。大広間に行かなくてよかったって心底思った」  高校二年生である拓斗の真っ直ぐな感謝は面映ゆくもあり、伊吹生は小さく頷き、話を終わらせようとした。 「そろそろ帰った方がいい。夏祭りも終わる頃だし、お母さんが心配する」 「……先生、あの話は本当なの?」 「どの話だ」 「大切だった人を襲って、血を飲んだって」  真剣な眼差しをした少年は伊吹生をじっと見つめてきた。 「それが原因でずっと血を我慢していたの?」  夜なのに蝉の鳴き声が聞こえたような気がした。  口の中に血の味が広がったような。 「……凌貴が話していたことは、半分、本当だ」 「半分……?」

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