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目には目をアルファにはアルファを【2】-5

「伊吹生、今日も泊まってくるの? ごはん作っちゃったんだけど、明日帰ってきて食べる? それとも私の朝ごはんにしていいかな」 大学生の姉は特に疑問も違和感も抱いていないようだった。 声が上擦りそうになるのを懸命に抑え、最低限の返事をし、伊吹生は手短に通話を切った。 「弟思いの優しいベータですね」 すぐ目の前で平然としている凌貴に吐き捨てた。 「お前のこと嫌い過ぎてどうにかなりそうだ」 「僕は君のことが好き過ぎてどうにかなりそう」 ぐるりと視界が回った。 ゆったりしたレザーソファの上で押し倒され、両足の間に深々と割って入ってきた凌貴に一息に最奥を貫かれる。 傲慢な肉杭に尻膣を占領されて、携帯を手放した伊吹生は痛々しげに仰け反った。 「……夢みたいに気持ちがいい……」 いつにもまして独裁的だった行為。 薄目がちに睨んでやろうとすれば、蕩けたように笑う凌貴と視線が重なり、伊吹生の心臓は不穏に軋んだ。 「俺は……もう……」 帰りたい、終わりにしたい、離れたい。 いくら願ったところで凌貴は一つも聞き入れてはくれない。 「今日はベータと接触し過ぎた。散々な一日だった。だから君が僕を慰めて?」 「元はといえば……お前があのアルファに手を出したせいだ……」 「アレは僕にナイフを向けた。今日は君を傷つけた。喉と足だけで済んだのは不幸中の幸いだったんだよ……?」 一思いに尻膣を貫いたペニスがおもむろに動き出す。 ゆっくり、しっかり、最奥を小刻みに突かれる。 腹底に秘められた性感帯がここぞとばかりに疼いた。 「ン……んッ……く……ッ」 勃ち上がった胸の突起に舌尖が纏わりつき、細やかにしごかれる。 精液に塗れていたペニスにも長い五指が絡みついて、さらなる絶頂を強請るように愛撫を始めた。 「あっ……ぁ……」 一段と敏感になっている頂きが掌に包み込まれ、丹念に揉みしだかれ、同時に肉杭を優しく抽挿されて伊吹生は喘いだ。 「そんなに気持ちいい? ヨダレまで垂らして、可愛い」 「ッ……ッ……黙れ……」 「奥、いいでしょう?」 「ぅあっ……っ……!」 「ふ……締まった。反抗的だったココも僕に大分懐いてきたね」 最奥にグリグリとペニスを擦りつけられ、きつく瞼を閉ざした伊吹生は、意味深に左胸に手をあてがわれて億劫そうに目を開く。 「(コレ)は僕にいつ懐いてくれるかな」 自身の絶頂を悪戯に先延ばしにし、爪の一片から睫毛の先にまで濃密な色香を纏う凌貴はうっとりと囁いた。 「ナイフで躾けた方が手っ取り早いかな……?」 揺らめきながら凌貴が投げかけてきた猟奇的な戯れ言を伊吹生は一蹴する。 「……突き刺したらいい、いっそのこと……」 闇夜色の双眸が、ほんの一瞬、大きく見張られた。 それは見る間に悦びへと変わり、凌貴は感じ入ったように甘いため息をつき、誰よりも我が身を煽る伊吹生にキスをした。 しばし貪欲な獣さながらに腰を波打たせた末、絶頂の証を思う存分叩きつける。 アルファの雄壷ではただ死にゆく定めにある子種を惜しみなく捧げた。 「このおにぎりうま! 何が入ってるんですかっ?」 「オリーブオイルで和えたサーモンとモッツアレラチーズ、あと大葉だったかな」 「拓斗センパイ、一人でおにぎり食べ過ぎ」 「拓斗くんは色々リアクションしてくれるから作り甲斐あるなぁ。心春ちゃんも遠慮しないでいっぱい食べてね」 「ありがとうございます、菖さん。これとかお兄ちゃんも好きそうだな……」 春休み、伊吹生は姉の菖、友達の拓斗、後輩の心春とお花見に出かけた。 心春の兄の今日介は遠方の大学へ進学するため、すでに実家を出ていて不参加であった。 「こんなにおいしいごはん食べれるなら、イブキんち泊まりいきたいよー」 「私もイブキ先輩の家行ってみたい」 「いつでも来て、日帰りでもお泊りでも、大歓迎だから」 大勢の花見客が訪れる公園で、賑やかなムードの中、伊吹生は大切な人達との時間を楽しんだ。 「伊吹生君、お花見に出かけよう」 その日の夜、普段と違わずいきなり凌貴に呼び出された。 タクシーに共に乗り込み、移動時間はまさかの一時間超え、高速道路を走り抜けて到着した先は郊外の人里離れた場所にある大きな溜め池だった。 溜め池のすぐそばには立派な一本桜が咲いていた。 昼ならば見物客が訪れるかもしれないが、スポットライトなどなく心許ない外灯がポツンとあるだけ、山林沿いの溜め池周辺に人気は皆無だった。 「綺麗だね」 凌貴はスーツを着ていた。 家族と食事会に出ていたそうで、体の線に沿ったダークスーツは今にも暗闇に溶け込みそうだった。 「食事会って、例の兄さんもいたのか」 「もちろん」 凌貴が半グレ組織に渡した金は、実は彼自身のものではなく、兄のポケットマネーだったという。 『絶対にいつか俺が返す』 事実を聞かされたとき、嘘をつかれた伊吹生はキレかけたが、凌貴が大金を用意してくれたことに違いはないわけで、ギリギリ耐えた。 (礼なんて言わなきゃよかった、あんなこと……しなければよかった) 「ベータとのお花見は楽しかった?」 「なんで知ってるんだ」 「ああ、風が出てきた。朧月夜に花弁が散って絵になるね」 「……」 「桜の樹の下には屍体が埋まっている、なんて物語があるけど。こんな場所だと現実味が湧く」 その物語を知らない伊吹生は素っ気なく聞き流し、土手の上から溜め池を見下ろした。 花筏(はないかだ)揺蕩(たゆた)(くら)い水面。 桜の下よりも、水底に死体が沈んでいる方が現実味があるような気がした。 (馬鹿げてる) 昼に友達や家族と過ごした和やかな時間が記憶から薄れてしまいそうで、伊吹生はため息を洩らす。 (夜中の桜の下だから、こんな変なことが浮かぶんだ) 肌寒い春の夜、パーカーのフードを被った伊吹生は禍々しいものでも見るように満開の桜へ顔を向けた。 はらはらと舞う花弁の中に凌貴が佇んでいた。 彼もまた伊吹生の方へ顔を傾けると、そっと微笑みかけてきた。 (やっぱり馬鹿げてる) アイツを綺麗だと思うなんて、夜桜のまやかし以外の何物でもない、きっと。

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