1 / 58

雨の日

忘れもしない。 土砂降りの日だった。 春とはいえ、雨が降ると 流石に肌寒い。 仕事が終わって、帰路に着くと 自分のアパートの前に黒いものが落ちていた。 なんだ…?ゴミ袋か? 今どき、黒いでかいゴミ袋なんて 一体、なにを捨てるために使うんだ? まさか…、死体!? とんでもない想像をして 俺は黒い物体を凝視しつつも 少し距離を取って横を通り過ぎようとした。 その黒い物体は「うう…」と呻き声をあげ ゴソゴソと動いた。 「…ッヒィ!?」 驚いた俺は情けない声を上げながら 少し飛び上がる。 よく目を凝らしたら人間だ。 白いヒョロヒョロの人間が 黒い服を着て蹲っている。 流石に事件性を感じたが 自分のアパートの前で倒れている人間を 放置できるほど 俺も人をやめてはいない。 「あの…、大丈夫ですか?」 恐る恐る声をかける。 「え、誰ぇ?」 絞り出すような声で問われる。 モゾモゾとそいつがこちらを見た。 真っ白な顔。 整った顔立ちをしている。 一瞬、女の子と思ってしまうくらい。 でも、声や骨貼った感じは どう見ても男だ。   「えと…、このアパートの住人です。きゅ、救急車とか呼びますか?いや、この場合は警察?」 「ま、待って。救急車も警察もダメ!」 「あ、すみません」 鬼気迫る声で止められて、俺は思わず謝った。 とはいえ、放置もできないし… 雨に打たれたままでは死んでしまうかも… 「あの、一旦、うちきます?」 「いいの!?」 死にかけのような顔が一瞬で 息を吹き返したように輝いた。 今までのは演技だったのではないかと思うほどの切替ようだ。

ともだちにシェアしよう!