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連れてこられたのはカジュアルではあるけど
コース料理のフレンチだった。
スーツとか着なくても入れそうだけど
滅多にこう言うお店しかないから
緊張する…
顔がこわばってたのか、
樹さんが僕の顔を見て笑った。
「いつも行ってるところより
敷居高そうだけど
俺の友達の店だから大丈夫。
服装だって綺麗めにしようって今朝言っただろ」
確かに。
今朝、どうせ家具を買うだけだしと思って
パーカーを着たら樹さんに
「もう少し綺麗めな服にしないか?俺もそうするし、なんか服揃ってて良いだろ?」と
勧められたんだった。
そう言うことだったのか…
「で、でも、テーブルマナーとか…」
「全然。箸も出るから安心してくれ。
急に連れてきてごめん」
「ううん!友達のお店教えてもらえるの嬉しいよ!お腹すいた、行こう!」
僕が緊張してたからか
今度は樹さんが申し訳なさそうな顔をしたので
僕は慌てて樹さんの背中を押した。
料理とかどうしようと思ったけど
予約の段階で注文されてたみたいで
すぐに前菜が持ってこられた。
言われた通り、端っこの方に箸が置いてあり
僕は迷わずそれを手に取る。
どの料理も美味しかった。
見た目もとても綺麗だったし。
僕がSNS好きだったら写真とってたかも。
風俗時代にSNSはやってはいたんだけど
お客さんからのコメントに疲れたり
他の子が羨ましくなったりして
やめちゃったんだよね。
デザートまで食べて、食後のコーヒーを
いただいていると樹さんが
「大切な話がある」と言った。
ただならぬ雰囲気に僕は思わず
背筋を伸ばした。
え、なんだろう…?
差し出されたのは指輪…
正式には箱に入った指輪だった。
「男同士だし結婚とかないけど
そういう意味で、これからも俺と付き合ってほしい」
「え!?」
もちろん、答えはイエスだ。
だけど、まさかこんなふうに
プロポーズみたいなことをされるとは思ってなくて、言葉がうまく出てこない。
代わりに、涙が出た。
「!?」
樹さんが驚いている。
でも、後から後から涙が止まらない。
「その、嫌なら断ってくれて良い。
もちろん、恋人を続けるとか続けないとかも
八尋に決定権がある」
「ちがっ!僕っ!嬉しくてっ…。
こんなにちゃんと僕とのことを考えてくれていると思わなくて…、びっくりして…
ありがとう」
震える指で、その箱を受け取った。
「そ、そうか。じゃあ、その、返事は…」
「よろしくお願いします」
テーブル越しに頭を下げた。
僕には勿体無いくらいだ。
樹さんはほっとしたように笑った。
その様子を見ていたのか、お店の人が
「良かったな、遠田!てっきり失敗したかと思ったぞ」と、言いに来た。
「俺もめっちゃ焦った」
樹さんが背もたれに体を預けた。
相当緊張していたんだろうな。
「失敗したら開けて励ます予定だったワインあるから、帰りにプレゼントするな」
と店員さんは笑って樹さんの背中を叩くと
また厨房の方へ戻って行った。
「全く…、余計なお世話だ」
「プロポーズのこと、お友達も知ってたんだね」
「そりゃ、失敗したら怖いから
あえて知り合いの店で、かつ連絡しておいたんだ」
「僕が断るわけないのに」
「最近の八尋は前ほど好き好き言わないから不安だったんだ」
「それは…っ」
樹さんといると、なんだか不安な気持ちがなくて
元カレとか出会った頃のように
必要以上に好きアピールをするのをやめた。
重いし、やっぱり負担だと思って。
「指輪、つけさせてくれないか?」
「お願いします」
頷いて僕は箱を手渡し、
左手を差し出した。
僕の指に指輪をつける樹さんの手は
とても震えていて面白かった。
銀色のシンプルな婚約指輪が
お昼の柔らかい日差しを浴びて
キラキラと輝いていた。
ー完結ー
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