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おまわりさんとの出逢い 3

「俺ね、親に売られたんだ」  口が自然とそんな言葉を紡いだ。 「初めの飼い主は、いい飼い主だったよ。自分の欲望を満たしつつ、俺のことも満たしてくれた。教育も、施してくれた。……いずれ俺に必要になるだろうからって」  淡々と過去を思い出して、当たり障りのない言葉にする。その作業は単調だった。十年ほど、あまりしたことがない作業だ。 「二人目の飼い主は、ひどい奴だった。……自分の欲望を満たすことしか、頭になかった」  ベッドに敷かれたシーツを指でなぞりつつ、言葉を紡ぐ。鈴本さんはなにも言わない。ただ、黙って俺の話を聞いている。  もしかしたら、この人は元から口数の多い人ではないのかもしれない。俺にかける言葉がたどたどしかったのが、その証拠だ。 「辛かったよね。苦しかったよね。……だけど、それを救ってくれたのが、あの男だった」 「……今の、キミの飼い主か」 「うん。まぁ、もう『元』だけれどね」  逮捕された以上、俺の飼い主とは呼べない。肩をすくめてそう呟けば、鈴本さんが気まずそうに視線を逸らす。  もしかしたら、鈴本さんは。  俺から飼い主を奪ってしまったと、思ってしまっているのかもしれない。 「それに、別に未練なんてないよ。あの男、退屈だったし」  脚を組みなおして、ころころと声を上げて笑う。男にしては高い俺の声は、男性というよりは少年だと言われる。  この声が、あまり好きじゃない。 「一人目に比べたらつまらない。二人目に比べたらずっとマシ。……中間って、ところかな。ま、退屈寄りだけれど」 「……そうか」  鈴本さんが相槌を打ってくれる。彼の目をまっすぐに見つめれば、彼がそっと視線を逸らした。  本能からなのか、心臓がとくとくと早足になって、ごくりと生唾を呑み込んだ。 「ねぇ、鈴本さん」  立ち上がって、鈴本さんに近づく。周辺の警察官たちは、俺たちのことなんて気にも留めていない。  鈴本さんが仕事をしていなくても、誰も咎めない。多分、初めから俺のケアに当たるつもりだったんだ、この男は。 (そのぎらぎらとした目、最高。……それに、この男はDomだ)  器用に隠して、ニュートラルに擬態している。けれど、その目の奥の欲望は、Subを跪かせたいと強く願っている。  だから、俺は鈴本さんの前に立つ。俺よりもかなり高い場所にある頭を見つめて、背伸びをした。 「――俺のこと、飼ってみない?」  彼の耳に出来る限り口元を近づけて、囁きかけるようにそう言葉を投げつける。 「ね、俺、Subなんだ。だから、新しいパートナーが欲しいの」  鈴本さんの制服に縋って、上目遣いになりつつそう言葉を紡いでいく。彼が生唾を呑んだのがわかった。  彼の顔は、葛藤や罪悪感に苦しんでいるようにも見える。まぁ、あんまり表情豊かな人じゃないから、見えるでしかないが。 「その様子だと、欲望を我慢してる感じだし。……パートナー、いないんでしょ?」 「……な、にを」 「俺だったら、鈴本さんの欲望、満たせるよ?」  小悪魔っぽくニコリと笑って、鈴本さんを見つめる。身体を密着させて、誘うように彼の腰に腕を回した。 「だから――」  続きの言葉を紡ごうとしたとき、身体を引きはがされた。  驚いて目を見開けば、俺の身体を引きはがしたのはほかでもない鈴本さんだった。  彼は、まるで忌々しいとばかりに俺を見つめている。その目は、先ほどのいたいけな被害者を心配するような目じゃない。  ただ、ひたすらに。軽蔑を宿した目だった。 「――冗談を言うな」  俺の肩に爪を食いこませた鈴本さんの声は、低かった。 「俺はパートナーなんていらない。……傷つけることなんて、したくない」  鈴本さんの声が、震えている。それはまるで、本能と理性のはざまで揺れているような。そんなオーラを、宿していた。

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