4 / 4
おまわりさんとの出逢い 3
「俺ね、親に売られたんだ」
口が自然とそんな言葉を紡いだ。
「初めの飼い主は、いい飼い主だったよ。自分の欲望を満たしつつ、俺のことも満たしてくれた。教育も、施してくれた。……いずれ俺に必要になるだろうからって」
淡々と過去を思い出して、当たり障りのない言葉にする。その作業は単調だった。十年ほど、あまりしたことがない作業だ。
「二人目の飼い主は、ひどい奴だった。……自分の欲望を満たすことしか、頭になかった」
ベッドに敷かれたシーツを指でなぞりつつ、言葉を紡ぐ。鈴本さんはなにも言わない。ただ、黙って俺の話を聞いている。
もしかしたら、この人は元から口数の多い人ではないのかもしれない。俺にかける言葉がたどたどしかったのが、その証拠だ。
「辛かったよね。苦しかったよね。……だけど、それを救ってくれたのが、あの男だった」
「……今の、キミの飼い主か」
「うん。まぁ、もう『元』だけれどね」
逮捕された以上、俺の飼い主とは呼べない。肩をすくめてそう呟けば、鈴本さんが気まずそうに視線を逸らす。
もしかしたら、鈴本さんは。
俺から飼い主を奪ってしまったと、思ってしまっているのかもしれない。
「それに、別に未練なんてないよ。あの男、退屈だったし」
脚を組みなおして、ころころと声を上げて笑う。男にしては高い俺の声は、男性というよりは少年だと言われる。
この声が、あまり好きじゃない。
「一人目に比べたらつまらない。二人目に比べたらずっとマシ。……中間って、ところかな。ま、退屈寄りだけれど」
「……そうか」
鈴本さんが相槌を打ってくれる。彼の目をまっすぐに見つめれば、彼がそっと視線を逸らした。
本能からなのか、心臓がとくとくと早足になって、ごくりと生唾を呑み込んだ。
「ねぇ、鈴本さん」
立ち上がって、鈴本さんに近づく。周辺の警察官たちは、俺たちのことなんて気にも留めていない。
鈴本さんが仕事をしていなくても、誰も咎めない。多分、初めから俺のケアに当たるつもりだったんだ、この男は。
(そのぎらぎらとした目、最高。……それに、この男はDomだ)
器用に隠して、ニュートラルに擬態している。けれど、その目の奥の欲望は、Subを跪かせたいと強く願っている。
だから、俺は鈴本さんの前に立つ。俺よりもかなり高い場所にある頭を見つめて、背伸びをした。
「――俺のこと、飼ってみない?」
彼の耳に出来る限り口元を近づけて、囁きかけるようにそう言葉を投げつける。
「ね、俺、Subなんだ。だから、新しいパートナーが欲しいの」
鈴本さんの制服に縋って、上目遣いになりつつそう言葉を紡いでいく。彼が生唾を呑んだのがわかった。
彼の顔は、葛藤や罪悪感に苦しんでいるようにも見える。まぁ、あんまり表情豊かな人じゃないから、見えるでしかないが。
「その様子だと、欲望を我慢してる感じだし。……パートナー、いないんでしょ?」
「……な、にを」
「俺だったら、鈴本さんの欲望、満たせるよ?」
小悪魔っぽくニコリと笑って、鈴本さんを見つめる。身体を密着させて、誘うように彼の腰に腕を回した。
「だから――」
続きの言葉を紡ごうとしたとき、身体を引きはがされた。
驚いて目を見開けば、俺の身体を引きはがしたのはほかでもない鈴本さんだった。
彼は、まるで忌々しいとばかりに俺を見つめている。その目は、先ほどのいたいけな被害者を心配するような目じゃない。
ただ、ひたすらに。軽蔑を宿した目だった。
「――冗談を言うな」
俺の肩に爪を食いこませた鈴本さんの声は、低かった。
「俺はパートナーなんていらない。……傷つけることなんて、したくない」
鈴本さんの声が、震えている。それはまるで、本能と理性のはざまで揺れているような。そんなオーラを、宿していた。
ともだちにシェアしよう!