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おまわりさんとの出逢い 2

「おい」  その男が、俺を見下ろす。  きっちりと着込んだ警察官の制服の上からでもわかる、がっしりとした体格。目はとても鋭くて、じろりと俺を見つめている。その目には慈悲とか、愛情とか。そういうものが一切こもっていなくて、身体の奥がゾクゾクとした。 「お前、けがはないか」  端的に問いかけられて、ためらいがちに頷く。  男が俺の身体に軽く触れる。けががないか確かめるだけの仕草なのに、なんだか艶めかしく感じるのはどうしてなのか。いや、そんなのとっくにわかっている。  俺が、不純なんだ。 「それにしても、お前はずっとここにいたのか?」  ほかの警察官たちがてきぱきと仕事をする中、男はとぎれとぎれに俺に声をかけてきた。  「けがはないか?」という言葉から始まって、「お前の名前はなんだ?」とか「どうしてこんなところにいる?」とか。  正直うざかったけれど、拒否することなく俺は淡々と答える。 「やまはら ゆきや、か」  男が俺の名前をメモする。だから、そのメモを覗き込んで俺は「山原は、富士山の山に、原っぱの原」と口にした。  だって、男のメモには俺の名前がひらがなで書かれていたから。  それは多分、わからないわけじゃなかったんだと思う。ただ、間違っていたら失礼だとか、そういうことからだろう。 「ゆきやは、雪の夜で雪夜。……ひらがなじゃない」 「……そうか」  俺の言葉を聞いた男が、ひらがなの名前に横線を引いて、隣に俺の説明通りの名前を綴った。 「……ところで、お兄さんは?」  ふと気になったので、きょとんとしつつ問いかけた。一応俺にも礼儀というものがあるので、「あんた」とか「お前」とかじゃなく、「お兄さん」と呼んだ。……見たところ、俺よりも少し年上みたいだし。 「……は?」 「名前だよ、名前」  その精悍な顔を覗き込んで、にっこりと笑って問いかける。男は、「あぁ」と声を上げた。 「俺は|鈴本《すずもと》 |楓雅《ふうが》だ」  シンプルに名字だけを教えてくれるのかと思ったら、まさかのフルネームだった。  真面目な人なんだなって、思った。 「漢字は?」 「鈴木の鈴。もとは本。楓に雅で楓雅だ」  真っ白なメモを開いて、男が、いや、鈴本さんが書きながら字を教えてくれた。  お世辞にも綺麗とは言えない乱雑な字。けれど、俺は好きだと思った。……どうしてかは、わからない。 「というか、お前……いや、山原、は」  鈴本さんが、俺のことを呼ぶ。なので、いじけたようにプイっとしつつ、「名前で呼んで」と強請る。 「俺、親に捨てられてるから。……名字、嫌いなんだ」 「……そうか」  さも当然のように言ったのに、鈴本さんが少し悲しそうに眉を下げるから。……ほんの少しの罪悪感が、胸の中に芽生えた。 「雪夜くん……で、いいか?」 「いいよ」  本当のところ、「くん」もいらないんだけれど。  心の中だけでそう呟いて、俺は鈴本さんの言葉を待った。彼は、メモ帳を懐にしまい込むと、俺をまっすぐに見つめてきた。 「雪夜くんは、漢字とか、読めるんだな」 「……バカにしてる?」 「いや、していない」  むすっとした俺の返事に、鈴本さんはゆるゆると首を横に振って答えた。  実際、俺だって鈴本さんが俺をバカにしているとは思えなかった。ただ純粋に、気になっているといった風だ。 「こういうところに捕らえられていた人間は、教育を受けていないことがほとんどだからな」 「そっか。まぁ、そうだろうね」  自分の質素な衣服を弄りつつ、鈴本さんにニコッと笑いかける。……瞬間、ほんの少しだけ。鈴本さんの目に、仄暗い色が宿った。まるで、欲望を隠したかのような、表情。でも、完全に隠しきることは出来ていない。だって、俺に気が付かれるくらいだから。 「俺、十三歳まで普通に暮らしてたし。……あと、一人目の飼い主は、俺に教育を施してくれた」 「……そうか」 「ちなみに今の飼い主は三人目ね。……正直、退屈な男だったよ」  部屋にある巨大なベッドに腰掛けて、脚を組む。鈴本さんは、ただ俺の話を待っているようだった。

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