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1.おまわりさんとの出逢い 1

 俺、|山原《やまはら》 雪夜はSubだ。それは、お仕置きされることに喜びを感じ、生きがいを感じる生き物のこと。  十二歳のとき。自分がSubであるという診断を受けた。特段驚きはしなかった。元々何処かマゾ的な性癖を持っていたというのもあるし、自分の第二の性に頓着がなかったというのもある。  けれど、両親は違ったらしい。  俺の両親は、ギャンブルが好きで常に金に困っていた。そのため、常に金に飢えていたのだ。  だから、両親にとって美しい容姿を持つ息子がSubであるということは、まさに金目のものが転がり込んできたに等しかったのだろう。  診断を受けてちょうど一年後。俺は、売られた。  俺を買ったのは富豪の老人だった。生粋のDomである老人は、美しい少年を金で買い、いたぶることを趣味としていた。普通ならば苦痛に感じる痛みも、苦しみも。俺にとっては完全な快楽でしかなかった。  俺は、自分がSubであるということに心の底から感謝した。そうじゃないと、きっと俺は壊れていただろうから。  あと、その富豪の老人は加虐趣味があること以外はいたって普通の人だったことも、幸運だったのだろう。  富豪の老人は俺を学校に通わせることはしなかったが、家庭教師を雇い、俺に教育を施してくれた。食事も寝床も与えられ、飼われたというよりは、むしろ引き取られたという言葉のほうが似合っていたのかもしれない。  でも、その生活は長くは続かなかった。  俺が十六歳のある日。老人は、急病で死んだ。突然の出来事だった。  それからの日々は、よく覚えていない。  新しい飼い主に買われた俺は、そこでもいたぶられた。  ただ、そこでの生活はお世辞にも良いものとは言えなかった。理不尽にいたぶられ、仕置きをされた。次の飼い主は、俺に満足な食事や寝床を与えなかった。……今までの生活が、どれだけ恵まれていたのかを、思い知ったほどだ。  どれだけ辛くても、俺は前の飼い主が与えてくれた知識や勉学は忘れなかった。それが、それだけが。俺を支えていたのかもしれない。  その新しい飼い主は、別の男に俺を売った。理由は財政的に苦しくなり、別の男が俺を高値で買いたいと言ったから。  まぁ、いわば転売……なの、だろうか。いや、人身売買ってこと自体が犯罪だけれどさ。  そして出来た、新しい飼い主。それが、今の飼い主だ。 「雪夜。可愛い、可愛いよ……」  成金のその男は、俺を可愛がった。ただ、それは生き物に対する愛情じゃない。愛玩具。いわば、玩具に対する愛情……正しくは、愛着なのだろう。  男は俺の美しい顔を愛でた。ただ嘗め回すように見つめるだけの日もあった。  一人目の飼い主に比べればひどく退屈で、二人目の飼い主に比べればずっと楽な男だった。  適当に相手の喜ぶ言葉を口にしていれば、満足してくれる。合わせ、俺にそれ相応の仕置きをくれる。  何処か物足りないけれど、この男にだったら飼い殺されてもいいかなって、思ってた……のに。  その男との別れはあっけないものだった。 「……雪夜!」  ぼうっと、男を見つめる。男は俺のほうにもがくように手を伸ばす。けれど、その手はいつまで経っても俺には届かない。 「大人しくしろ。……お前には人身売買、もといほかにも数多くの容疑がかかっている。署で詳しく話を聞かせてもらう」 「離せ! 雪夜、雪夜……!」  数人の男が、飼い主を連れて行く。  ……悲しみも、喜びも。なに一つとして感じなかった。ただ、あっけない幕引きだと思っただけだ。 (俺って、こんなにも薄情だったのか)  長年一緒にいた飼い主がいなくなっても、涙一つ零さないなんて。そう思ったら、今度は笑いがこみあげてくる。  俯いて肩を震わせていれば、誰かが俺に近づいてきたのがわかる。  そっと顔を上げた。瞬間、俺は――運命を、感じた。

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