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第5話

 数ヶ月、神原と新家がプレイする日々が続いた。結局未だに会社のプレイルームを使っている。他の場所も考えてみたのだが、そもそもプライベートなプレイではないのだから、やはりここしか最適な場所がなかったのである。好きなだけ使うといいと言われているので、お言葉に甘えさせてもらっている。  新家はあれからパートナーを探しているようだったが、やはり「そういう」輩が集まってきて困ると言っていた。そんなに引き寄せるものなのだろうか。ネット越しなのに。 「神原さんがパートナーになってくれたらな…」  プレイ後にぽつりと呟かれた言葉に、聞こえなかった振りをする。新家からその言葉を聞いたのは、これが何度目か分からない。 「神原さんはどうしてパートナーを作らないんですか?」 「別にパートナーを作らなきゃいけないってわけじゃないだろ。俺のプレイ欲は仕事で十分満たされてる。それに、1人の人間に縛られるくらいなら、多くの人間を救いたい」  新家の問いに、今度は即答する。できる限り多くのΩSubを救いたいという思いは、この仕事を目指し始めた時からずっと変わらない。  「解放運動」が起きたのは、神原が中学生の頃だった。自分と同じΩDom達が主導していたことから興味を持ち、彼らが暴露したΩ、Sub、そして中でもΩSubの実情に衝撃を受けた。彼らの死亡率とその原因。彼らが年間何人、どれくらいの相場で「取引」されているか。公営Dom派遣サービスを実際に利用できているΩSubがどれほど少ないか。  あれから社会は大きく変わったが、あの頃は誇張していると眉を顰める大人達も多かった。しかし、当時ぼんやりと進路に悩んでいた神原にはその話はショックであったと共に、その先の運命を決めるような出来事でもあった。  それまで名前も知らなかったDom派遣サービス。一般のSub向けのサービスもあるが、ΩSubは事情が事情だけに、並のDomでは就職出来ない。最低でもβDomかΩDomであることは必須で、その他にも数々の条件をクリアしなければならない。  それを知っても、神原はその道に進むことを決めた。自分の手で何人ものΩSubをドロップから救えるのなら。そう思えばどんな努力も苦ではなかった。そしてやっとこの仕事に就けた。  あの時の決断は正しかったと神原は思うし、今の自分を誇りに思っている。この仕事は神原にとっては天職にも等しかった。  それと同時に、だからこそパートナーは大事にしたかった。神原の職業に理解を示してくれる、そして信頼し合えるαSubと契約(C l a i m)して、番になって、共に暖かな家庭を築きたい。そう思っていたのだ。数年前までは。 「プレイをしてるのは『レン』だ。俺じゃない。勘違いするな」 「…本当に、そうでしょうか」 「そうだ。もう話は終わりか?じゃあ俺は帰るから、後はよろしく」  神原は踵を返してさっさとプレイルームを後にしようとしたが、続く言葉に足が止まった。 「ごめんなさい。本当は初めて見た時から気になっていました」  どくん、と心臓が嫌な音を立てる。振り返って新家の姿を確認せずにはいられない。思った通り、恐れていた通り、神原の視界が歪み始める。新家は顔を伏せていて、神原の様子に気づかない。 「αSubが苦手らしいって聞いていたし、最初避けられて悲しかったですけど、そのまま避け続けることも出来たはずなのに少しずつ歩み寄ろうとしてくれてすごく優しい人だなって思ったんです。僕のためにプレイをしてくれるって聞いてそれならチャンスがあるかもしれないと思ってしまったのも事実。それでもこの関係はあくまで一時的なものだと自分を納得させてきました。けれどそれももう難しい。パートナーが見つからないというのは嘘じゃないです。でも、それは神原さんと比べてしまうからです。どんな人も、あなたには敵わないと気づいてしまった」  ああ、その先を聞いてはいけない。そう思うのに体が動かない。重ねてはいけないと分かっているのに、新家に「あの男」がダブる。  もう、逃げられない。 「神原さん、僕はあなたのことが好きに…か、神原さん!?」  意を決したように顔を上げた新家が慌てた様子でこちらに手を伸ばす。その手を無意識に振り払った。 「あっ…」  その勢いで体がよろめく。ぐらりと世界が傾き、壁に手を付く。なんとか呼吸しようとしながら、落ちていく意識の中、これだけは言わなくてはならないと口を開いた。 「…ごめん、わかった。…わかってる」  暗くなる視界の隅で新家が慌ててスマホを取り出すのを見ながら、神原はずるずると闇に引き込まれていった。

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