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第3話
もともと取り決めていた結婚式の日取りは、まだ三ヶ月も先だった。待ち遠しいが、急ぐようなことはもうない。今は毎日、朝の目覚めからハロルドの顔が見られる。この環境は俺にとってまさに天国だった。
「ハル。……おはよう」
「ん、……んん、……ぎ、る……」
俺の腕の中で丸まるようにして眠っていたハロルドは、ゆっくりと金の睫毛を瞬かせ空のような明るい瞳を覗かせた。
キズ一つない珠のような肌に大きな瞳はかわいらしく、通った鼻筋に首から鎖骨へと続くラインは男らしい。繊細な美しさと雄々しさの両方を兼ね備えた奇跡のような存在がハロルドだった。
毎朝のことながら、つい見惚れてしまう。まあ、何度見たって何時間見つめたって、飽きることはないんだけどな。
「そろそろ起きないと。今日は陛下がいらっしゃるんだろう?」
「ん、そうだった……んん、でも、……ぎるぅ……」
ねむいよ、と俺の胸にしがみついて顔を埋めてくるハロルドが、正直めちゃくちゃ可愛い。このまま昨夜の続きとしけ込もうかと思ってしまうほど、かわいい。寝起きの彼はもちろん全裸だ。これはもしや誘われているんだろうか?
しかしハロルドが眠気を抑えきれないのも原因がわかっているので、なんとか自制心を働かせる。
毎夜、これまでの飢えを満たすように抱いてしまって、朝方まで眠らせないせいで、ハロルドはいつも寝不足だ。ゆっくり寝かせてあげられる日は、昼過ぎまで起こさないようにしている。なまじ二人とも体力があるせいで、朝まで耐久できてしまうのがいけないのか。ハロルドもだんだん順応してきている気がするし……。
しかし今日は、陛下が来る日だ。起きないわけにはいかない。
俺たちはまだ結婚前だが、陛下はこちらに出向いて新居の様子を見たいのだそうだ。まあ大方、あの義兄上二人がハロルドを取り戻せとせっついたのだろうが。
陛下とは昔から、『卒業までは』と約束していた。
だから俺は、閨教育の範囲を出ないようにハロルドの性器以外ほとんど触れてこなかった。本当はその白い肌に触れたかったし、年々色気が増していくむっちりとした胸や尻を揉みしだいてみたかった。
湯殿で見かけるさくらんぼ色の乳首に、身体を洗うとき少し前傾になって突き出された尻に、どれだけ理性を試されたと思っている? これはほんとうに褒められるべきだと思う。長い間頑張ったのだ、俺の理性は。
――まあ、少しばかり性器への愛撫が過剰だったのはあるが。
ハロルドは恥ずかしがり屋だが、快感への素直さは幼い頃から変わっていない。俺がこっそりと刷り込んだ倫理観に全く疑問を感じていないようだった。今も『これが普通だ』と言えばそうかと頷いてしまい受け入れる。どれだけ無防備なのかと頭を抱えたくなるが、これも俺に対してだけだから、良しとしよう。
話は逸れたが、ハロルドは気持ちいいことが好きだ。
自慰の世話を俺がしていた時も、一週間に一度が三日に一度になって、学園に入ってからは毎日ヌかれたって、拒まなかった。
自慰を毎日しないといけない道理なんてあるわけない。でもハロルドは毎夜、俺を部屋に入れてくれた。
調子に乗った俺が執拗に亀頭責めをして潮を吹かせても、会陰を刺激しながらの口淫でカラになるまでイかせても、いつも気持ち良さそうにしていた。
よがり泣き過ぎて失神した事も何度かあった。そういう時は気がつくまで側に居るようにしていたが、起きて赤面するハロルドが可愛すぎてだいたいはもう一度抜く事になる。
そんなことを続けていたせいか、ハロルドは感度が抜群に良い。
俺に後ろから抱き締められて、ハル、と呼ばれるだけで腰を砕けさせる。力が抜けたように寄りかかってくるので腰に腕を回して抱き上げて、ベッドに運んで行くのだ常だった。そこで服の上から股間を撫でさすると、既に完勃ちしていることもある。いつもハロルドが気持ち良いように、俺は己の技術の全てを込めて愛撫をしていた。
――それ以外にも、婚約者のキスだけは、卒業前でも特別に許可されていた。
だから俺は行為の始めにも途中にも後にも、何度もハロルドの唇を堪能した。ぽってりとした肉厚の唇は柔らかく、少し開いたまま舌を覗かせていると、それだけで色香が凄い。舌を差し込んで上顎を撫でたり唾液を啜ったりすると、ハロルドは最初どうしたらいいのか判らなかったようだ。でもそのうち俺に合わせることを覚えた。舌を絡めれば同じように舌を擦り付けてくるし、息も鼻からできるようになったのでキスしている時間も長くなった。
粘膜の擦れる感覚が心地良いのか、いつも顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらもキスで性器を勃たせていた。吐息が触れそうな近さで、『もう、さわって』と囁かれると自制心が崩されそうになったが、なんとか堪えた。
そういう時は少し意地悪をして、睾丸を執拗に舐めたり会陰を押すだけで性器に触れず、暫くハロルドのよがる声を楽しんだ。青空のような瞳からほろほろと涙を零したハロルドが、『ぎる、ぎるぅ……』と甘えたように呼ぶのが好きだったからだ。
ほんの少し意地悪をされたり、じらされたりするのがハロルドは好きだった。赤く染まった耳朶を軽く噛みながら亀頭をいじめ抜いたり、びしょびしょに濡れた下半身を軽く揶揄ったりすると、イキやすくなる。
今は、抱かれる時に乳首をちょっと強めに噛まれるのが好きみたいだった。自分から言ってせがんでくる事もあるし、無意識に俺の顔を胸にぎゅうぎゅう押しつける時もある。まだ開発途中だったが、そのうち乳首への刺激だけでイけるようにしていこうと思っていた。
「……! いま、何時……!?」
ハッと急に覚醒したハロルドが飛び起きながら問いかけてきた。チラと側仕えに視線を向けると、着替えやタオルを手に湯浴みを促してくる。ハロルドは焦ったようにベッドから降りて、ガウンを羽織ると湯を使いにドアへ向かう。
笑顔でひらひらと手を振る俺が支度をほぼ終えているのを横目に見て、ハロルドは少しだけ眉根を寄せた。
『いじわる』
唇の動きだけでそう俺に囁くと、金の髪を翻して今度こそ出て行く。俺は喉の奥からこみ上げる笑いに肩を震わせて、再びベッドに仰向けに転がった。
本当に、今のこの状況が夢みたいだ。ふと気がついたら自室のベッドで天井を見上げているのではないかと、何度疑ったか判らない。
――初めて会った時からハロルドは、俺の全てだった。
大袈裟な話ではなく、存在意義の全てだったと言える。
子供の頃の俺は、一言で言えば可愛げのない子どもだった。
もともとあまり泣かない赤子だったが、三歳の頃から無表情、無感動、与えられたことを淡々とこなしわがままも言わない。当然、周囲の大人はみな奇妙なモノを見る目で俺を見た。親戚や兄弟、俺を産んだ母親でさえそんな様子だったので、家の使用人はみなそれに倣った。父は俺の珍しい髪色や瞳の色を気に入ってくれたらしいが、父にも母にも似なかった色は、蔑みの対象だった。
冷遇?と表現するほどでもないと思うが、異分子である俺は家の中ではいない存在で、徹底的に無視された。腹が減れば自分で台所から食べ物を取り、洗われたリネンから自分の分を勝手に引き抜いて使った。どうやらそれは、使用人達にとっては「困ったぼっちゃんの悪戯」として愚痴の対象だったらしい。世話もせずよく言うものだと思う。
しかしその隠れた使用人の愚痴が、父の耳に入った。父は、母とは違いこの家で唯一俺を人間扱いする人物だった。ただ騎士団の仕事が忙しく家にいないため、俺の状態を知る術がなかったんだろう。
『ギルバート、なぜそんな悪戯をするのだ』
『調理場から食べ物をとるのは、腹が減るからです』
『朝の食事が足りていないのか?』
『朝の食事がありません』
『……ない?』
俺は洗濯物から服やシーツをとるのも、そうしないと部屋に服がなく、シーツが古いままになるからだと答えた。父はようやく事態に気づき、執事を呼んだ。そこで使用人達の所業は明らかになり、約半数の使用人が即解雇となった。
ちなみに知っていて放置した執事も解雇になり、新しい執事がやってきた。こんなに人を入れ替えては仕事が回らなくなるのでは、と父に聞いたが、心配はないと言われた。解雇したのは、伯爵家令嬢だった母の嫁入りに際してついてきた者たちで、実はこの規模の屋敷にそれほどの数の使用人はいらなかったのだと。
なるほど。ヒマだからあんなに下らないお喋りに興じていたんだな。
子どもながらにそう納得するような、冷めた思考を俺はしていた。
それから、父に連れられて王宮通いをすることになった。家に置いておくとまた何かあった時にすぐ気づけないからと。父は、他の家族に対してよりも、俺に特によく話しかけるようになった。
今まで繋がりがなかったせいかそれがとても奇異に感じる。何故なのかと問いかけると、父は豪快に笑いながら言った。
『お前を息子として可愛がっているだけだ。何も不思議なことはない』
大きな手に頭を撫でられて、不思議な気持ちがした。そもそも頭を撫でられた記憶があまりない。
父から、まあお前が特別優秀だからだと、世辞のようなことを言われても、よく判らなかった。まだ家庭教師をつけられる歳ではない俺は、書庫から勝手に手習いの本を見繕って自習をしていた。それを新しい執事が見つけて父に報告していたらしい。
『賢いお前には重要な任務をやろう。……恐らく『先祖返り』でその色を持つお前にしかできないことだ、ギルバート』
つれて行かれた王宮には、同い年だという第三王子のハロルドがいた。日中は彼の側を離れず、不審な者が居た場合はすぐに特殊な犬笛を吹いて近衛騎士を呼ぶこと。それが俺に与えられた任務だった。
……初対面のハロルドは、本当に天使としか言いようがなかった。
顎の下あたりで切り揃えられた金髪は真っ直ぐで、さらさらと風に揺れるとそれだけで輝いて見える。澄んだ空のような瞳は好奇心に煌めいて、でもどこか恥ずかしそうにこちらを窺っていた。
鍛錬に使う木剣を手に、ハロルドはもじもじと言い淀み、それから意を決したように口を開いた。
『こんにちは、グランヴェル騎士団長。それにギルバート』
見事なソプラノだった。なるほど、彼の声も、澄んだ弦楽器の奏でる音に似ていた。こんなところまで美しい人間がいるとは。
父が挨拶を返しているのを聞きながらこちらも頭を下げる。そして顔を上げると、すぐ間近で覗き込んでくるハロルドと目が合い、流石に動揺した。たじろぐ俺を見てうずうずとした表情を浮かべるハロルドは、頬を緊張で赤らめたまま俺の手を取る。
『ギ、ギルバート。私と同い年と聞いているけれど……』
『はい』
『!! やっぱりそうなんだね。わ、私は年の近い者と、あまり話したことがなくて……そ、その、仲良くしてくれるとうれしい!』
あまりの勢いに、ちょっと引いた。初対面の相手にこんな調子でいいのだろうか、彼は。
戸惑う俺を見て笑った父は、ハロルドの後ろにいた陛下に目配せした。陛下が近づいてきて、ハロルドの頭をポンポンと撫でた。
『ハロルド。急いてはいけないよ。ギルバートも驚いているだろう?』
『はっ……はい。ごめんなさい』
しゅんと萎れて俺の手を離したハロルドは、何か言いたげな様子のまま俺を見つめた。隠れて小さくため息をついた俺は、その場に片方の膝を突き、騎士礼の真似事をした。そして頭を下げたまま、陛下とハロルドに向けて口を開く。
『グランヴェル家次男、ギルバートと申します。ハロルド殿下と鍛錬の機会を頂き光栄に存じます』
護衛の話は言わないほうがいいんだろう。幼いながらにハロルドの様子を見てそう思った俺は、あくまで鍛錬の為の父の同行者として挨拶をした。そして顔を上げた俺は、唖然として言葉を失うことになる。
――ハロルドが、青い瞳いっぱいに涙を溜めて、泣いていた。
声を上げて泣き出したハロルドに、陛下が慌てて乳母を呼ぶ。使用人達がわらわらと寄ってきてハロルドをあやしているが、俺はポカンとして何がなにやら判らなかった。ふと見ると、メイドや使用人達の髪は白髪交じりで、皆年齢が高いようだった。見回してみても、若い召使いはほとんどいない。どういうことだろうか。
困惑して傍らの父を見上げると、苦笑を向けられた。
『ギルバート。お前には少し、情緒というか、感情が足りないな』
『……情緒』
『他人の心を慮る気持ち、というやつさ。ハロルド殿下が何故泣いたのか、お前には判らんのだろう?』
『判りません。俺の態度は何か失礼にあたったと?』
『礼は逸していないだろうな。ただ、ハロルド殿下がお前に何を求めていたのかを、少し考えてみるといい』
王族の子どもを泣かせてしまったというのに、俺には何のお咎めもなかった。それどころか逆に陛下からは『ハロルドを頼む』とまで言われた。その後は父の指導でハロルドと共に鍛錬をし、汗をかいて湯を使い、おやつに菓子と茶を振る舞われて帰った。
あれだけ泣いていたハロルドだったが、別れ際『私を殿下と呼ばず、せめてハロルドと呼んで。あと、湯は一緒に使って欲しいし、明日はお昼寝も一緒にしよう』と真剣な表情で言っていた。不敬にあたらないかと父を見たが、頷くので了承しておいた。あからさまにホッとした顔をしたハロルドは、またね、と手を振って俺と父の乗った馬車を遠くまで見守っていた。
さて、屋敷に帰ってから考えたのは、父に言われたことだ。
……これは、あの頃の俺には難解な宿題だった。
何故ハロルドは泣いたのか? 俺が騎士礼をして挨拶を口にしたからか?
その行為そのものは失礼にはあたらなかったと父は言っていた。しかしハロルドの感情では、この行為を受け入れられなかったという事だろう。
俺はその前にハロルドが言っていた事を思い出そうとした。
同い年かと聞かれ、年の近い者が近くにいなかったから仲良くしてくれと言われた。それを陛下に『急ぐな』と言われて落ち込んでいたように見えた。それから俺の挨拶を聞いて泣き出した。
――俺の挨拶が、『仲良くしてくれ』に反していたから、落胆が深すぎて泣いたということだろうか?
難しい。感情というものはこんなにも理解が難しいものなのか。
頭を抱えた俺が深いため息を吐いていると、新しく我が家にきた執事のジョシュアが『何かお困りですか』と問いかけてきた。さりげなく茶をいれて渡してくれる。出来た執事だ。
『ハロルド殿下に仲良くしてくれと言われた』
『それはようございました』
『だがそもそも仲良くとは?』
『……は』
一瞬ぴしりと固まったジョシュアは、少し思案するように黙ってから気を取り直したように俺に微笑んだ。
『友人のように過ごして欲しいと仰ったのだと思いますよ』
『では……泣かせてしまったんだが、俺は友人としてどうすればいいと思う?』
『……』
困惑した表情の執事に、今日あった事を簡単に説明した。するとこの結論まで至った事には『進歩でございますね』と微笑まれ、継いで『何か簡単な送り物と共に謝罪するのがよろしいかと』との事だった。簡単なものとは?と考えて、形に残る物ではなく食べて無くなってしまう菓子がいいだろうと結論付けた。ジョシュアに礼を言い、その足で厨房へと向かう。
先日入れ代わりのあったばかりの厨房の料理長は、俺を見ても嫌な顔ひとつせず『何かご用ですか』と寄ってきてくれた。
『ハロルド殿下に菓子を送りたい。作ってくれるか』
『おや、贈り物ですか。何をお作りしましょう?』
『……』
『ギルバート様?』
料理長の後ろで、昔からいる料理人達が驚いた顔をしている。確かに、俺が他人に贈り物を、しかもそれを作ってくれと言いに来るなんて信じられない事なんだろう。そもそもここに来るのは食べ物を盗むときしかなかったのだ。前の料理長は俺の姿を見るだけで嫌そうな顔をし、食事をわけてはくれなかったし、無視を決め込んでいた。
しかし今は、頼み事の最中だ。邪魔だと追い出されるのも困るので、俺は素早く思考を巡らせた。菓子の名前や種類など、俺はほとんど知らないのだから、専門家に任せるしかない。
『ハロルド殿下は、甘く見目の良い菓子が好きなようだ』
『甘い……ですか』
『柔らかくて口溶けの良いもの、さくさくとした舌触りの良いもの、見目の良い飾りのあるもの。何か、ないだろうか?』
『それならば、様々なジャムを乗せた色とりどりのクッキーを用意いたしましょう。バターの多いクッキーは舌触りも良いかと』
『ではそれで頼む。ありがとう、料理長』
安堵して礼を言うと、料理長は一瞬目を丸くしてから柔らかく微笑んだ。そんな表情をこの家の使用人から向けられたのは初めてで、俺はキョトンとしてしまった。しかし用事は終わったので、ではまた明日来ると言って厨房を後にした。後ろで厨房がざわめいていたのは、聞かないフリをした。
再び王宮に上がる日、執事にリボンを付けてもらったクッキーの包みを持って俺はハロルドの元へ向かった。そして鍛錬の前に、『すまなかった。俺も仲良くしてほしい』と言って渡すとハロルドはパアッと輝くような笑みを浮かべた。そして嬉しそうにクッキーの袋を覗き込むと、後で一緒に食べようと言った。
湯で汗を流した後、皿に載せられた色とりどりのジャムクッキーを見てハロルドの目はきらきらと輝いていた。厳選して1つ手にとっては、そっと俺の口に入れようとするので、そのまま毒味のように小さく囓ってハロルドの口元に押し戻した。驚いた顔で瞬きしたハロルドは、口を開けてクッキーを受け取る。彼はそうしてクッキーを半分ずつ食べるのがいたく気に入ったようだった。
お茶の時間が終わってから、ハロルドの部屋で昼寝をした。
カーテンの向こうから緩やかな風が入ってきて、部屋の中は清々しい心地だった。興奮しすぎて疲れたのか、ハロルドはすうっと一瞬で眠ってしまい、俺はその寝顔を見ながら考えた。
どうやらこのハロルド専用の宮には年老いた使用人しかいないようだ。きっと若い者だとハロルドに魅了され不埒な事をしでかすからだろう。父に聞いてみたところ、赤子の頃から乳母も何度も変わっていて、ハロルドの拉致未遂は数えきれないほど起きているのだという。
くうくうと小さく寝息を立てる天使の寝顔をじっと見つめてみた。確かに造作は美しいと思う。頬はふくふくとしていて、唇の色は淡いけれど艶があり、閉じた瞼には密度の高い睫毛がふんわりと乗っている。人懐っこく、誰にでも微笑むこの殿下に懸想して、これまで何人が道を踏み外してきたんだろうか。
父も陛下も、俺がハロルドに『魅了』されないのを見て、護衛任務を決めたようだった。俺はやはり心のどこかが壊れているんだろうか。それとも、緩やかに頭の中を蝕まれて、同じように道を踏み外すのか。
ふと視線を巡らせて、俺はハロルドの横のシーツにぺたりと頬をつけた。そして目を瞑り、ハロルドの寝息を聞きながら手に持っていた犬笛を唇に当て、一気に息を吹き込む。
――、――。
ざわりと一瞬だけ不穏な物音がした窓の外は、すぐに静かになった。人が引きずられる音と、僅かに擦れる鎧と剣の金属音。騎士達がすぐに不審者を発見してつれて行ったのだと判る。ホッとして犬笛をポケットにしまった俺は、変わらず心地よさそうに眠るハロルドの顔を見て、暫しの間穏やかな時間が流れるのを感じていた。
この空気は心地が良い。できれば、長く側に居られたらいいと思った。そんな風に、何かに執着を感じたのは初めてだった。
それから俺は、子供らしさをいうものをハロルドから学んだ。笑い、泣き、驚き、怒り、ハロルドが様々な感情を見せるたびそれを注意深く観察し、記憶していく。勿論全く同じようにはできなかったが、『こども』という生き物が側にいるだけでたくさんのものごとを吸収することができた。
ハロルドの仕草を真似て、子供の振る舞いをするようになると、母や兄弟達の態度は明らかに変わった。
人というものは、自分達の理解の及ばない『何か』を恐れ迫害する。つまり彼らの理解の範疇にいる行動が出来れば、俺は排除されないということだ。
それを学び、俺は年相応の振る舞いを身につける事にした。
――それからだ。俺の世界は急激に広がっていった。他人との繋がりが出来ると視野が急に広がる。ハロルドは、俺の世界の全てだった。
ハロルドという道しるべを得た事で俺は異質な存在から、ヒトへと変わった。それがただの猿真似からはじまったものだとしても、周囲の反応はあまりにも大きかった。行き詰まり、閉ざされていた俺の世界を広げてくれたのが、ハロルドだったんだ。
陛下はお忍びできていたため、地味な外見の馬車で現れた。王家の紋は入っていないが、内装は王室馬車と同じものだ。王都からはそれなりに距離があったはずだが、あまり疲れも見せないまま陛下は広間でハロルドとハグしていた。
「ハロルド、久しいな。卒業式の後ようやく宮で顔が見られると思っていたのに寂しかったぞ」
「申し訳ありません、父上」
はにかむような笑みを見せながらハロルドが謝罪すると、陛下はそれだけで許してしまったようだった。本当にこの家族は、末っ子王子に甘い。
執事に茶の用意をさせ、俺達はソファに座って近況の報告をした。ひとまず三ヶ月後の結婚式までは、ここで蜜月を過ごすつもりだったが。陛下が口にした王妃と王太子達の希望は、ハロルドの顔が見たいというものだった。つまり帰ってこいということだろう。
ハロルドを見ると、少し困ったように眉を寄せてこちらを見ていた。彼とて帰りたくないわけではないだろう。顔を見せて安心させたい気持ちはあるはずだ。ただ、あの義兄達の様子を見るに、一度帰れば結婚式までずるずると滞在を延ばされそうな気がする。
「わかりました。一時的にですがハロルドを王宮へ送ります。時期と期間は相談します」
「ギルバート? 送るって……」
「もちろん、陛下が責任を持ってハロルドを返して頂けるのですよね?」
静かに視線を合わせると、陛下はホッとしたような顔で頷いていた。『そんな、どうして』と戸惑うように呟いたハロルドが、俺の手を横から掴んでくるが、その腕をとんとんと叩いて落ち着かせた。不安そうに揺れる青い瞳をじっと見つめる。
「どちらにせよ、一度は顔を見せなくては王妃様にも申し訳がない。期間は一週間くらいでどうだ?馬車はすぐに用意できる」
「っ……」
「……ギルバート、お前も変わらんなあ……」
ハロルドが急に泣きそうに顔を歪めて席を立った。止める間もなく部屋を出て行ってしまったが、俺は陛下を置き去りには出来ずその場に留まった。
「感情に疎いのがそこまでくるといっそ愉快だな」
「陛下……」
俺が腹の底から低い声を出して睨むと、陛下は笑って席を立った。
「おお、怒るな怒るな。お前の事は、四人目の息子のように感じておる。放りっぱなしにはせぬよ。ただ、ハロルドは特に寂しがりでなあ……一人での里帰りでは泣いてしまうやもしれんな」
そう言いながら、先程までハロルドが座っていた、俺の隣に腰掛ける。そして胸元から箱を1つ取り出すと、ティーカップの置かれたテーブルにそれを置いた。
「王家に伝わる魔道具『守護の盾』だ。今日はこれを渡しにきた。王族が降嫁する場合は結婚前に渡す事になっておる。卒業の後、帰ってきたら渡すつもりだったというのにお前達は……」
苦笑した陛下が開けた箱の中には、王家の紋の彫られた小さな指輪が入っていた。実物を見るのは初めてだったが、有名な魔道具だ。王家に子どもが生まれた日に制作が始められ、成人する十八歳までの間に王宮魔術師達が手間暇かけて作り上げるという。その手法は秘伝となっていて、他国にはもちろん国内の貴族達も同じ物は作れない。
その効果というのが、一度だけ『必ず持ち主の王族の命を助ける』というもの。
暗殺の刃からでも、致死量の猛毒からでも、水に沈められた船の中からでも、燃え盛る炎の中からでも救い出される。命の危険がないと判断されるところまでその効果は持続するという。
まあ、俺が側にいる限り使わせるような事態にはならないはずだが。
「ギルバートよ、最初お前を選んだのはこの結果を意図したわけではなかったのだが……」
「……」
「しかし息子にとっても、一番良い結果となっただろう。……これからもハロルドを宜しく頼む」
トン、と温かい手のひらで軽く俺の腕を叩くと、陛下は立ち上がって視線を巡らせた。『さて雲隠れしてしまった息子にも挨拶して帰るかな』と言って部屋を出て行く。勝手に歩き回られても使用人達が困るだろうと、執事に目配せして陛下の案内を頼んだ。
新しく俺のためにつくられたこの屋敷には、執事にジョシュアを連れてきている。実家から、俺に着いてきてくれる者を何人か選んだのだ。勿論あの料理長もいる。あまり多くは結んだ事のない他人との縁を、大切にするようにと父から言われた。
ひとり、ソファに座ったまま、テーブルに放置された魔道具の指輪を手に取る。
五歳でハロルドに求婚した時、それは確かに護衛任務のためだった。
彼を危険に晒さないよう、手を出そうとする輩を炙り出すため。父に与えられた任務の一部だと捉えていた。湯を使う時も昼寝の時も一緒にいて、違和感のない間柄を手に入れる必要があった。それほど、ハロルドの魅力は際限なく人を惹き付けた。
しかし、その力は結局のところ二年経っても俺の頭の中を蝕むものではなかった。陛下はそれを確認して、婚約を承認した。一番近い場所でハロルドを守る役目を、俺に与えたのだ。
婚約というのは一時的なもので、それが解消された後は側近として側にいるつもりだった。そう、幼い頃の婚約は、破棄されるべきものだった。初めからそう仕組まれていたのだ。
それが当たり前だと、昔は確かに思っていたはずなのに。
俺は、いつから……こんなにもハロルドに惚れ込んでしまったんだったか。
「ギル?……ギルバート? 父上が、用が済んだからと馬車に……」
ハッと顔を上げると、戸口にハロルドが立っていた。もう陛下は馬車に乗って出てしまったらしい。ハロルドの環境を見て『安心した』と言っていたと。そもそも陛下は忙しい方だ。こんな所まで自らの足でやってきたのは、あの魔道具を他人には任せられなかったからか。
ハロルドは俺の側まで寄ってきて、そっと隣へ寄り添うように座った。俺の手の中にある箱を覗き込み、王家の紋章の入った指輪を見て目を細める。
「それは父上が?」
「ああ、王家の魔道具『守護の盾』だ。ハロルド、手を」
スッとハロルドの片手を手に取ると、その人差し指に魔道具を装着した。輪の大きさは自動的に合うようになっていて、もう外せない。たとえこの指を切り落として奪ったとしても、持ち主以外には使えないのがこの『守護の盾』だ。
ハロルドは指輪をじっと見つめてから、ふと表情を曇らせて俺の顔を見上げた。言い淀むような間の後、近づいた空色の瞳がゆらゆらと光る。
「すまなかった、ギルバート。私は自分の希望が叶えられなかったからといって、とても不誠実な態度をとってしまった」
「先程、席を立ったことか?」
「っ……そうだ。ごめん、なさい……」
両腕を伸ばして、ハロルドがぎゅっと抱きついてくる。その背を撫でながら、耳元に唇を寄せる。
「謝るのは俺だ。ハル、気付かず失言をしたようですまなかった。……一緒に王宮へ向かい、俺と共にまたこの屋敷へ帰ってこよう。それでいいか?」
ハロルドは俺の言葉を聞いて、パアッと花開くように表情を和らげて笑んだ。すり、と頬を寄せられて白い鼻先にキスを落とす。
なかなか難題だったが、陛下の忠告のおかげでなんとかなったようだ。
ハロルドは王宮に帰りたくないわけじゃない。ただ一人で帰される気配を感じて、イヤだと思っていたのだろう。それに加えて、俺が陛下に『責任を持ってハロルドを返せ』と頼んだ。それがさらにハロルドの気持ちを沈ませた。
帰れなくなったら迎えに来て欲しかった、という事だろう。これだけ密な数日を過ごし、片時も離れないで毎夜抱き合って眠るようになって、いきなり離れるなんて出来るはずがないと。
俺だって、そういう気持ちがなかったわけじゃない。ハロルドと離されるのは正直、嫌だ。ただ、そういう我儘を差し挟む隙は……俺にはないように思ったんだ。王家の、ハロルドの家族はとても仲が良いから。その関係を邪魔する権利は、俺にはないのではないかと。
それにハロルドは王宮へ戻ったら、まるで夢から覚めるように、やはり家族といるのが一番良いと思うかも知れない。もう要らないと、一緒には帰らないと言われるかも知れない。そして俺は、一人でこの屋敷へ戻るのだ。……そうなるのが、怖かった。
「……怒らないで聞いてくれるか、ハル」
「うん?」
「ハルの家族は仲が良い。もしハルが王宮へ里帰りして、そのまま帰りたくなくなったら……と思うと少し怖かった。ここへは、俺が強引に連れてきただけだから」
怖かったんだ、と囁くように言うとハロルドは大きく瞬きをして、それから微笑んだ。頭を引き寄せられ、唇が重なってくる。ちゅ、ちゅ、と何度も触れては離れ、唇を開いて少しずつキスが深くなっていく。
舌を絡ませ合って唾液を啜ると、濡れた音が立った。時折漏れる熱い吐息が唇を掠め、腹の内側が熱くなるような気がした。
「は……ぁ、……ん。ギルバート、安心して。私は君の元に必ず帰るし、君の側に居たい。いなくなったら、それは私の意志ではない」
「……ハル」
「うん。だからその時は、私を助けに――奪いに、きて」
蕩けるような甘い囁きにくらりと目眩のような感覚が襲う。酒に酔ったような気分だ。ハロルドがこうして煽るような言葉を使う時、いつも俺は理性を試されていた。我慢出来そうになくて喉の奥で低く唸ると、ハロルドは笑いながら俺の腕を引いた。
「朝の湯が、まだ使えると思うよ。一緒にどうかな?」
ぬるい湯の中で、ハロルドが俺のモノを受け入れ、腰を揺らしている。湯が揺れるたび、甘い嬌声が浴室の中に響き、その唇に貪るように口づけた。ずるりと深くまで熱を受け入れた内壁がヒクヒクと痙攣する。締め付けは相変わらずキツく、それが堪らなく心地良い。
「ふ、ぅ、……ぁ、あっ……んっ」
ハロルドは懸命に腰を上下させ俺のモノを擦り上げる。きゅうきゅうと締めつけてくる動きにゾクゾクと背が痺れた。
濡れた肌に汗の粒が光り、鍛え上げた筋肉の上をするりと滑り落ちていく。俺の上に乗っているせいでハロルドの臍より上は湯から上がってしまっていた。そのおかげで、絶景とも言える角度からこの裸体を好きなだけ眺めていられるのだが。
「んっ、ギル……さわ、って。……んっ、ぁっ」
自分で片方の胸を寄せてくるので、その膨らんだ乳首に口づけた。甘い声を上げるのを聞きながら唇ではさみ、吸い上げて舌を絡ませる。もう片方も摘まむように指で刺激すると内壁がきゅうっとまた強く締まった。
腰を抱き寄せて下肢を密着させると、角度が変わったのかハロルドの身体がびくりと跳ねた。腰を抱いた腕をゆっくりと下げていき、片方の尻たぶを掴んで揉み込むとハロルドの腰が揺れた。快感を堪えるように腰がうねり、淫らに踊る。本人は気付いていないのかもしれないが、この身体は引き締まった筋肉を持つようになってから日々色気を増しているのだ。
ハロルドの成長は、清らかでみずみずしい青い実が熟れていく様を見ているようだった。日に日に熟していくその身体に触れたかった。鍛錬で首筋を伝う汗を見た時、共に湯を使いながらこちらに背を向けている時、無防備に俺の前で着替えている時……。
この身体に欲情するようになったのは、いつからだったかと思い出す。
ハロルドの裸体を思い浮かべて自慰をし精通したのは、確か九歳くらいだっただろうか。その頃にはもうハロルドは剣で新人騎士を打ちのめすようになっていた。身体もだいぶ出来上がっていて、背も高かったと思う。天使の面影を残すだけになった彼を、俺は自分だけのものにしたいと思っていたのだ。
幼い頃から、眠っているハロルドをずっと見つめてきた。寝言で『ギル……』と囁かれ堪らず近寄って、初めて口づけた。それから知識として男同士のやり方を学び、婚約者としてこのままいけば未来には抱くことが出来るのではとまで思った。
夢想、していた。そんなはずはないのに、これはかりそめの婚約だったとわかっていたのに。
これは嘘でかためた関係で、ハロルドが第三王子として相応しい相手を選んだら、破棄されるものだ。俺は、ハロルドが誰かを選びその相手を腕に抱くようになるのかと想像して目の前が真っ暗になった。
ハロルドが誰かに甘えたように笑いかけ、愛を囁き、その名前を呼ぶようになるのか。
――それは、胸の中心に鋭い鉤爪を立てられたかのような痛みだった。
胸が軋んで痛んで、たまらなくなった。ハロルドには俺を見ていて欲しい。誰かのものにならないで欲しい。他の誰にも、そのきれいな目を向けないでほしい。
だから、魔が差した。閨の訓練くらいなら俺がしてやれる。他の女になんて触らせたくない。この手に慣れさせて離れられなくしたい。どうにかして、ハロルドに触れたい。
……閨教育を任せて欲しいと言った時に、陛下には俺の気持ちが判ってしまったようだった。しかしハロルドと離されるわけではなく、学園に入り卒業するまでは本番をしないようにという釘だけ刺された。
『正直なところ、どんなに強靱な精神力をもつ教育者を選んでも、ハロルドの魅了に抗える女がいるとは思えなくてな』
苦笑する陛下に、ではなぜ俺ならいいのかと当然の疑問が浮かんだが、それはあえて問いかけずにいた。父と陛下の間で密約が交わされているのは判っていたからだ。下手に追及してこじれても困る。
しかし父にはそんな俺の浅はかな考えなど知れていたらしい。初めてハロルドの射精を手伝った日、王宮から帰る馬車の中で陛下の温情に感謝するようにと言われた。確かに、婚約者といえどその日の俺は明らかにやり過ぎだった。夢精したハロルドが混乱しているのをいいことに、その身体を蹂躙したのだから。
『お前、ハロルド殿下の事になると表情が変わるからすぐ判るぞ』
『……』
『まったく、恋をして人間らしくなるなんてお前は……。いや、これも望んだ結果ではあるんだが』
あの時の苦笑する父の瞳は、今まで見たどの時よりも、ずっと温かさに満ちていた。
湯の中で騎乗位などさせたせいか、ハロルドは湯あたりして気を失ってしまった。
ぬるい湯だと思って油断していた。俺はタオルでハロルドの身体を拭い、抱き上げてベッドへ運んだ。こうして抱き締めていると、肌の色の違いがよく判る。日に焼けた俺の肌と、きめ細やかな白磁の肌は全く別物のように見えた。
ハロルドがこうして腕の中にいるなんて、あり得ない未来だと頭のどこかで思っていた。いつでも冷静だったはずの俺の思考はハロルドのことになると矛盾だらけだ。
期待をしない、夢を見ない、現実だけを見つめる。幼い頃からそれだけが俺の信条だったはずだ。どんな時でも落ち着いて事態を把握できなくてはいけない。そうしなければ、父から任務など任されないのだから。
――ハロルドは、知らないだろう。卒業間近、ついに俺の手を拒んだハロルドが、さらには婚約破棄を告げてきた。それがどれだけの絶望を俺に味わわせたか。
思わず思考が止まってしまって、走り去るハロルドを追いかけることも出来なかった。冷たい水を浴びせられたように背が冷たくなって、冷や汗が伝った。
たったひとり、だ。俺をこれだけ動揺させる人間など、他に誰も居ない。ハロルドだけが、俺を天国に押し上げ地獄にも突き落とす。
暫くしてパーティーの終わりの挨拶が始まり、俺はようやく我に返った。そこからのろのろと思考を働かせ、婚約破棄ならまず陛下の話を聞きに行かなければならないと思った。
そこで、初めてハロルドの中の葛藤と悩みを聞いた。
どうも俺達は、互いに片想いを続けていたらしい。いったいいつからなのだろう。詳しく、きちんと本人の口から聞かなければならないだろう。それと、ハロルドの感情を慮れなかった俺は、また謝罪をしなければならない。
言葉が足りないのだと、いつも注意を受けていた。父にも、様々な忠告をしてくれる執事にも、菓子作りを頼む料理長にも。だからハロルドにはできるだけ言葉で色んな事を伝えようと努力していた。それでも、一番重要なことは、言えずじまいだった。
あの時、学園に戻るという俺に陛下は『ハロルドを頼む』と言った。それは幼い頃ハロルドを泣かせてしまった後の陛下の言葉と同じで、俺はあの頃とは違いしっかりと頷いた。そして、寄宿舎のハロルドの部屋に向かったのだ。俺の、唯一手に入れたい愛しい者の元へ。
「……ん、……ギル」
シーツに頬を押しつけていたハロルドが寝返りを打った。呼ばれて顔を近付けると、伸びてきた腕に捕まる。ぎゅっと抱き寄せられてベッドにうつ伏せに倒れた。吐息が触れるほど近くで、とろりと柔らかな色をしたハロルドの瞳を見つめる。
幼い頃一緒に昼寝をしていた時は、こんな距離は普通だった。俺は眠りはしなかったし、周囲の気配を辿りながらも飽きもせずハロルドの美貌を一番近くで見つめていた。しかし、今は見つめるだけでは終わらない。
「ハル。……もうひとつだけ、聞いてくれないか」
「うん」
抱きついてくるハロルドの腰を引き寄せ、身体を密着させたまま、艶やかな金髪に顔を埋める。昔から変わらずハロルドは太陽のような優しい匂いがする。
「俺とハルの婚約は、周囲の危険からお前を守るための……偽装、だった」
「……うん」
「ハル? ……まさか知っていたのか?」
「ううん。今日、父上とギルバートの話を少しだけ聞いてしまったんだ。それで、判ってしまった。……でも、それでもいいよ。そんなきっかけは、小さなことだ。今は本当になったんだから」
ふふ、とそう言いながらハロルドは笑った。彼は、俺の憂いなど笑顔ひとつで簡単に吹き飛ばしてしまう。そして愛おしそうに目を細め、俺の頬を撫でた。
「私も、自覚したのは十歳になってからだ。それまではギルを兄弟のように感じていた」
「……兄弟?」
「だって君はとても大人びた子どもだっただろう? 格好良くて、憧れていたんだよ。ふふ……でもね、今はとても愛しているし、想いが通じて良かったと思っている。ギルも、私のことを愛しているだろう?」
「もちろんだ。愛している、ハル」
愛を囁きながら重ねた唇は、今までしたキスの中で一番甘いような気がした。
今までキスばかりしていたのであまりやらなかった、後ろから獣のように交わる姿勢を試してみることにした。この体位は受け入れる側の負担が少ないというが、本当だろうか。
ハロルドは腰を高く上げてベッドに這うと、羞恥と興奮に頬を染めている。チラチラと見上げてくる様子が可愛らしい。背後からむっちりとした尻肉を両手で掴み、左右に割ってみると慎ましやかな穴がわずかにひくついていた。
今朝も朝方まで交わり、先程湯を使いながらも一度使っている。解しは充分だろうと、親指でくぷくぷ入口を弄ると、そこは緩やかに口を開いて赤い内部を覗かせた。
ビクリと快感に震えたハロルドの背中が、うっすらと紅色に染まっていく。この姿勢は顔を見ることができないが、それ以外のハロルドの逞しい身体を堪能できる。肩甲骨のあたりの筋の盛り上がり、腰から尻にかけての艶めかしいライン、そして尻の2つの膨らみが手に吸い付くようでいつまででも揉んでいたいと思わせる。
「あ、あっ、ギル!……ねぇ、お願い……!」
焦れたように声を上げたハロルドは、目で堪能するばかりの俺に自ら尻を開いて見せた。背後の俺を振り返り、はあはあと息を乱しながらねだる。
そんな痴態を見せられて冷静でいられるわけがなかった。いきりたったモノをアナルヘ押し付け、一気に貫く。柔らかくなっていた内壁はさして抵抗もなくズブズブと性器を飲み込んだ。
穴とは違いハロルドにはそれなりの衝撃があったようで、声もなくシーツの上で悶えている。はくはくと動かした唇から唾液がこぼれた。空色の目を見開き、無意識に腰を揺らしながら内壁を締め付ける。
パン、と音を立てて腰を打ち付けた。乾いた肌の触れ合う音が響く。パン、パン、と音が鳴るたびにハロルドの身体は妖しくうねった。形が変わるほど尻肉を揉み上げると、さらに腰を高く上げてねだるように押しつけてくる。
ああ、愛しくて仕方ない。ハロルドが可愛くて、堪えきれない衝動が溢れてくる。出来れば頭から喰らい尽くしてしまいたいほど、愛している。
そんな気持ちが全身から溢れ、ハロルドに注ぎ込まれていく。離れるなんて考えられない。いつまでも共にいたいし、漏れる吐息さえ逃したくなかった。
「は、ぁ、あっ、あっ、ああっ!!」
ビク、ビク、と震えながらハロルドが絶頂した。しかし性器からは何も出ていない。どうやら中イキしたらしいとわかると、俺はハロルドの身体を背後から抱き締め、性器を片手で包み込んだ。
このタイミングで亀頭をいじるとハロルドはよがり狂って潮を吹く。亀頭を強めに刺激するのが好みらしく、ハロルドの求めに応じて際限なく愛撫すると流石に腫れてしまう。一度失敗しているので、慎重に亀頭に親指を被せ、ゆるゆると刺激した。
「ァッ、は、ぁあっ、きもち、いっ……もっと、ぎるぅ……いい、もっと、つよくしてっ」
「腫れた時は用を足すのも辛かっただろう?」
「んんっ、ぁ、……だって……っ」
腫れた亀頭が痛いと潤んだ瞳で言われて、用を足すのを手伝ったのを思い出した。俺に妙な趣味はないが、あれはあれで興奮した。見られながら用を足したハロルドは耳まで真っ赤になっていたが。
亀頭への緩やかな愛撫はハロルドにとってはもどかしい刺激でも、身体は素直に潮を吹いた。ビクビクと震えて透明な液体を漏らしたハロルドは、脱力したようにシーツに落ちる。その身体を、片腕で抱き留めてズンッと強く奥まで貫いた。
「ひっ、……ぁっ、や、イッたばっか、……ぁぅ、ん、あんっ!あっ、あっ、あっ!!」
絶頂直後に突き上げられるのも、ハロルドは大好きだ。空色の目をとろんと快楽に蕩けさせ、震える唇で甘い声を上げる。ストロークを短くして奥を集中的に突き上げると、ハロルドがまたイッた。もう言葉らしい言葉は出てこず、ひたすらに嬌声を上げる。
「ハロルド……ハル……ハルッ……」
どんな快感でも懸命に受け入れようとしてくれるハロルド。愛しくならないはずがない。
結婚前に少し開発し過ぎた感じはあるが、絶頂の高みから降りられなくなったハロルドが可愛いので止められない。今度は何を試そうか、どんな事をしようかと考えてしまう。
「んっ、ぁ、あ、きもひ、い、あ、あ、らめ、らめぇ、ぁひっ……ぁっ、ひぅ、……ああっ、ぁ――!!」
連続のアクメを極めたせいで、イキ狂ったまま戻ってこれなくなったらしい。貫いたまま身体を反転させ、ハロルドの身体を正面から抱き締めると、すぐに両足が俺の腰に巻き付いてくる。ぐいっと引き寄せられて、また内壁が強く締まる。
どくどくと中に白濁を吐き出すと、その熱にも感じてハロルドは声もなくイッた。注がれる精液が多すぎて縁から溢れているが、ハロルドはまだまだ足りないらしく俺の背に腕を回してくる。
「きもひ、ぃ、……ああ、ぁんっ、ひぅ、……もっとっ……」
「ああ。もっとだな、ハル」
ぎゅうぎゅうと抱きつかれると動きにくいが、こうして身体を密着させるのは俺も好きだ。蕩けきった唇に口付けを落とし、舌を絡めながら結腸の奥に侵入する。
軽く揺らすだけでも痛いほどの締め付けが返ってきた。はふはふと呼吸を乱れさせたハロルドは、またプシャアと潮を吹くと大きく身体を痙攣させて気を失った。
汗で張り付いた金の髪を梳き、閉ざされた瞼に口付けを落とす。
「また夜にな、ハロルド」
まるで幼子のように、あどけない顔で眠る彼が、あの頃と重なる。
幼い頃の俺の世界は、ハロルドを介して存在していた。
年を経て、俺の世界の全てはハロルドになった。
結婚式まで三ヶ月、彼が溺れるほどの愛を囁き、その熟れきった身体に愛を刻みつけていこう。
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