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第2話

 血の誓いには守るべき三箇条があった。  その一、琥珀と暖は死ぬまで唯一無二の親友である!  その二、秘密は作らない!  その三、お互いの幸せを応援する!  普段は仲の良い二人だがときどき喧嘩もする。  そのほとんどが男の喧嘩に強い憧れを持っている琥珀によって引き起こされたもので、暖がそれに付き合ってやっている感は否めないが。  一度絶交をしたこともあり(これも琥珀が絶交を経験してみたかった)、その時は仲直りの際、血の誓いを交わし直した。  誓いの内容も新しいものを付け加えたりして、改良を重ねて今に至る。  それでも、琥珀が殴り合いの喧嘩がしたいと言い出した時、暖が『琥珀の顔は殴れない』と本気で抵抗したことで、あの時は一週間以上もお互い口をきかなかった。  それから暖がムエタイを習い始めたこともあり、琥珀は暖に殴り合いをしたいと言わなくなった。    二人の住む田舎町には青龍山という標高四百メートルにも満たない山があった。  舗装された道が通っていて、山頂近くの眺めの良い場所からは遠くに海が見渡せた。  そこから望む夜景は都会の心踊るような(まばゆ)さはなかったが、ひとりで眺めていると、ふとどこかへ帰りたくなるような、そんな郷愁を誘う趣があった。  コンビニで温かい飲み物を買い外に出ると、さっきより雪の粒が大きくなったように見えた。  途中から暖は自転車を押し、琥珀はその横をピョコピョコと跳ねるように歩く。  この変な歩き方は琥珀のスキップだ。  琥珀はスキップができない。  初めて琥珀のスキップを見た人は腹を抱えて笑うが、もはやそんなものすっかり見慣れてしまった暖は表情一つ変えない。  カラカラと車輪の回る音が静かに夜道に響く。 「やっぱ俺もまた自転車買おうかな」 「止めとけ、俺の後ろに乗ってりゃいいだろ」  琥珀は恐ろしく運動神経が悪い。  以前は自転車を持っていたのだが、無茶な運転でしょっちゅう怪我をし、中学二年の夏に新車を大破させて以来、家族から自転車に乗るのを禁止されてしまった。 「だってさぁ、男で乗り物を運転できないのってどうよ」 「車の運転は運動神経関係ないらしいから、それまで我慢しろよ」 「それ本当!? よし、なら我慢する」  琥珀が満足気にうなずくのを暖は横目で確認すると、うっすらと口の両端を持ち上げた。  山頂近くの目的の場所に着くと、白くさざめく夜景に琥珀は感嘆の声をあげた。  暖はコンビニの袋からコーンポタージュの缶を取り出すとプルトップを開け、琥珀に差し出した。  自分は缶コーヒーをコキンと開ける。  しばらく二人は黙って目の前の白い夜景を見入った。遠くに海を照らす灯台の灯りが見える。 「見て見て暖、雪がこんなにでかい。子どもの頃もすごい雪が降ったことあったよな、手の半分くらいの大きさのさ」 「子どもの頃は手が小さかったからそう見えたんだろ」  そうして二人は再び沈黙する。  けれどお互いが今何を考えているのか分かっていた。  沈黙を破ったのは暖だった。 「俺は死ぬのは嫌だからな」 「分かってるって」  琥珀は腰かけていたガードレールからピョンと飛び降りた。 「でもあれこそが本当の男の血の誓いってやつだよな」  遠くの海を見つめる琥珀の瞳が微かに潤み、その瞳を見つめる暖の瞳に暗い影が落ちる。

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