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第3話

 あれは琥珀と暖が小学三年生の、ある冬の日のことだった。  朝から降り出した雨が午後にはみぞれに変わり、下校時刻になると白い雪となって地面をうっすらと覆っていた。  学校からの帰り道、駅の待合室に二人の若い男が座っているのが見えた。どちらもこの辺りでは見かけない顔だった。  一人はドキッとするくらい男にしては繊細な顔つきをしていて、もう一人は眼光が鋭く、立つと背がとても高かった。  この近くに薬局はあるかと尋ねてきたのは背の高い方の男だった。  暖が男に説明している間、手持ち無沙汰になった琥珀はもう一人の方の男をジロジロと観察する。  繊細で氷のように冷たい横顔がふいに琥珀に向けられたかと思うと、春の雪解けのような微笑みを浮かべられ、琥珀は吸い寄せられるようにして男に近づいた。 「お兄さんたちどこから来たの?」 「東京からだよ」 「ここで何してんの?」  この田舎町には観光になるようなものは何もない。  男はまるで琥珀の質問が聞こえなかったように微笑みをたたえたまま黙っているので、別の問いをしてみた。 「あの人はお兄さんの友達?」  今度は男はすぐに答えた。 「そうだよ」 「親友?」  男は背の高い男に視線を向け、まるで眩しいものを見るかのように目を細めた。 「世界で一番大切な人だよ」 「それって、めっちゃ親友だよね」  琥珀は顔を輝かせた。 「琥珀」  暖が無言で「行くぞ」とこちらを見ている。  琥珀はもう少し話していたかったが、男に別れを告げると暖に駆け寄った。 「何を話してたんだ?」 「あのお兄さん達、親友の大先輩だった」 「何だよソレ」  雪はその夜から勢いを増し、次の日の朝にはすっぽりと町を白く包み込んでいた。  朝食をすませた琥珀は、野原で首輪を外された犬のように外に飛び出した。    暖は琥珀が来るのが分かっていたかのように、呼ぶとすぐに家から出てきた。  二人でまだ誰も足跡をつけていない場所を見つけては踏み荒らし、また新たな白いキャンバスを求めて雪の中を歩き回った。  大人達には日頃から子どもだけで山の奥に入ってはいけないと言われていたが、女子はともかく、男子でそれを守っている者は少なかった。  やがて二人の足は町中(まちなか)だけでは飽き足らず、青龍山の方へと向かって行った。 「見て見て暖! でっかい雪!」  自分の手の平の半分ほどの大きさもある牡丹雪に琥珀は大はしゃぎだった。  そのうち暖が林の中に動物の足跡を見つけると、二人は足跡を辿るのに夢中になった。  辺りは一面雪景色で、音という音を雪が吸ってしまったかのように世界は静まり返っていた。そこへまた無言で綿のような雪が降り積もる。  白い衣をまとった木々の間から遠くに海が見えていた。  それを先に見つけたのは暖だった。  暖のすぐ後ろを歩いていた琥珀は、急に立ち止まった暖の背中に額をぶつけた。 「なんかいた? うさぎ? たぬき?」  暖の肩越しから顔を覗かせた琥珀の目に最初に飛び込んできたのは、燃えるような“赤”だった。  よく見るとそれは赤い紐のような細い布で、その赤い布は指を絡ませた二つの手にしっかりと結ばれていた。  骨太で長い指を持つ手と、ほっそりとした白魚のような手だった。 「見るな、琥珀」  暖が琥珀の目を覆う寸前、それは一瞬見えた。  昨日駅で会った若い二人の男だった。  二人は抱き合うように雪の中に半分埋もれて横たわっていた。 「なになになに」  暖に頭ごと抱き込まれ、なにと問いながらも何が起こっているのかなんとなく分かっていた。  けど、それを認めるのが怖かった。 「救急車」 「もう死んでる」  琥珀がぎゅっと暖の服を掴むと、暖は琥珀を抱いた腕に力を込めた。  たった数秒のことだったと思うが、ひどく長い間二人でそうしていたような気もする。 「行くぞ、誰か大人を呼んで来なきゃ、絶対振り返るなよ、琥珀」  暖は琥珀の手を取ると駆け出した。  二人は一心に走った。  なんだか、とても怖かった。

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