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第10話
家に帰ってきた琥珀を見て、姉たちはもう男の特訓は終わったのかと聞いてきたが、琥珀は無言で自分の部屋に直行した。
帰り道、スマホで古代ギリシャについて調べてみたが、血の誓いを交わす時にキスをするなんてどこにも書いていなかった。
暖はいったいどこからそんな情報を得たのだ。
どこで得たにしろ、それを実行するなんて正気の沙汰じゃない。
西日に照らされた教室が蘇る。
琥珀の腰をつかむ暖の力強い腕。奪い取るような激しい口づけ。琥珀をじっと観察する熱のこもった眼差し。
どれも琥珀の知らない暖だった。
そして、絶望したような暗い瞳の中に、暖が琥珀に隠し持っている何かの破片を見た。
「血の誓いその二は秘密を作らないじゃなかったのかよ」
明日、どんな顔をして暖と会えばいいのか分からなかった。
劇の本番が近づくにつれ、これからもっと練習しなくちゃいけないのに、琥珀の荷物も暖の家に置いてきたままなのに、琥珀は途方に暮れた。
その夜、暖が琥珀の荷物を持って家にやって来た。
琥珀は、玄関の外で待つ暖と目を合わせることができなかった。
荷物を手渡される時、暖と手が当たり思わず荷物を取り落としてしまった。暖は短いため息をつき、それを拾い上げた。
「そんなに怖がらなくても、もうあんなことはしないから」
「別に怖がってなんか……」
二人の間に沈黙が立ちはだかる。
何か言わなくてはいけないと思いながら、暖が何か言ってくるだろうとも思った。お互いがそう思っているようにも思えた。
「琥珀……」
琥珀は暖の足元を見つめながら次の言葉を待った。
「俺たちの血の誓いを解消したい」
琥珀は弾かれるように顔を上げた。
「は? どう言うこと?」
「だから言葉の通りだよ」
「それって、俺ともう親友でいたくないってこと?」
暖は答えなかった。苦しそうに視線を逸らしたまま押し黙る。
「なんで? 理由は?」
「劇はちゃんとやるから」
「俺、さっきのことだったら全然気にしてないから、あれ、ただの冗談だったんだろ。俺の暖への友情はあんなキス一つで壊れたりしないから」
暖はひどく怒っているような、それでいてものすごく傷ついたような複雑な顔をして琥珀を見た。
「俺、やだよ、暖と親友じゃなくなるなんて絶対やだよ」
琥珀は暖の腕を掴んだ。その手を暖は振り払った。
「俺はもう琥珀の親友でなんかいたくないんだ」
そう吐き捨てると、暖は行ってしまった。
暖の名前を呼んだが、暖は一度も振り返らなかった。
その背中が琥珀を拒絶していた。
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