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第21話

 紗理奈は男子からも人気だった。  けれど紗理奈は他の男子には目もくれず暖一筋だった。そんなところも女子たちから好感を持たれたようだった。  肝心の暖は、良くも悪くも何も変わらなかった。  紗理奈を鬱陶しがっているようでもなければ、紗理奈に特別な好意を持っているようにも見えなかった。  暖は昔から異常にモテるから、誰かに好意を寄せられることはもはや日常なのかも知れない。  暖の態度は何も変わらなかったが、琥珀と暖の生活は紗理奈の出現によって大きく変わった。  それまで琥珀と暖の二人だった登下校に紗理奈が加わり、男所帯の家に紗理奈は甲斐甲斐しく通うようになった。料理を作り、掃除や洗濯までしているという。  それまでは暖と暖のお父さんと琥珀の三人で夕食を食べることがよくあったが、紗理奈が来てからはそれもなくなった。 「琥珀君も一緒に食べていけばいいのに」  台所から顔をひょっこり出してそう言う紗理奈は、まるで暖の家族の一員だった。  実際に三人の血は繋がっている。  血の誓いなんか交わさなくたって、暖と紗理奈の血は繋がっている。繋がっているけど、いとこだから二人は結婚もできる。  いとことは、他人のようでそうでない、微妙な存在だ。  暖の家に紗理奈の破片が散らばるようになった。  洗面所の青と緑のストライプのタオルはピンク色に変わり、食卓には花が飾られた。  少しづつ暖の家が琥珀の知る暖の家じゃなくなっていく。このままもっと紗理奈の破片が増えたら、そこに住む人も変わってしまいそうだった。  暖の家と琥珀の家の間には、細い川が流れていて、明治橋というこじんまりした橋があった。古い石作りの橋で、その名の通り、明治時代にかけられた橋だとかそうでないとか。  その明治橋が秋に町を襲った大型台風で一部崩壊してしまった。修復作業のため橋は通行止めとなった。  小さな橋が一つ通れなくなったくらいなんでもないことのように思えたが、このことは暖と琥珀に大きな変化をもたらした。  二人の登下校が別々になったのだ。  紗理奈の家は暖と同じ橋の向こう側だった。  別々になったのは明治橋のせいだけではなかった。  二学期になってから琥珀と違って運動神経抜群の暖はラグビー部の助っ人をすることになった。  ラグビー部は元々部員が少なく試合に出られるギリギリの部員数だったのだが、先日部員の一人が怪我をしてしまった。  秋に大きな試合があるらしく、運動神経が良くてどこの部にも所属していない人物として暖に白羽の矢が立ったのだ。    ムエタイをやっている暖は学校の部活には入っていなかった。  試合が迫っていることもあり、暖は昼休みや空いている時間は全てラグビー部の部員たちと過ごすようになった。  そして紗理奈はまるでラグビー部のマネージャーのように甲斐甲斐しく彼らの世話をやいた。  運動部の中ではマイナーな部で女子マネなどいなかったラグビー部員たちは大喜びした。  暖と琥珀はスープの冷めない距離に住んでいて、学校でも同じ教室内にいるのに、ほとんどしゃべることがなくなってしまった。  前に親友を解消された時の方が、まだ会話があったくらいだ。  琥珀とは対照的に紗理奈は暖といつも一緒だった。暖の家にも毎日のように通っているようだった。  ラグビー部が、紗理奈が、暖を琥珀のもとから連れ去ってしまったように感じた。  大型台風で崩壊した明治橋のように、琥珀と暖にかかっていた見えない橋が壊れてしまったようだった。  暖が、また足りなくなった。

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