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第7章 大変な秘密を知ってしまった 3

「殿下はわたくしの気持ちを話して理解くださるかのぅ?」 「育ての親なのでしょう? であれば信頼しているはずです。私は召喚されてまだひと月なのでそれほど理解し合っていないかもしれませんが、それでも彼は情に厚く、礼節をわきまえていると思っています。王妃さまに信じてほしいと言っていた彼です。大丈夫ですよ」 「……そうか、わかった。一度、殿下に時間を取ってもらおう。周囲がいかに騒ごうが、わたくしは殿下を信じておると伝えよう」 「それがいいと思います。とても」  視線を合わせ互いに笑っているが、余裕の俺と違って王妃の顔は完全に引きつっている。見破られたのかどうか焦っているのだろうが、しっかりバッチリ理解しているから誤魔化せないぞ。 「あまり長く魔導士どのを引き留めては待っている者たちが迷惑することだろう。もうよろしいぞ、戻られても」 「かしこまりました。本日はご相談いただき、痛み入ります。またいつでも御用の折はお呼びください。私は王妃さまに彼の忠誠を理解してもらえるよう協力を頼まれておりますので」 「頼もしい限りじゃ」  丁寧に礼をし、王妃の私室を後にする。廊下に出るとドッと疲労感が襲ってきた。  まさか王妃がアルフィーに惚れているなんて……いや、ホントにまさか、だ。さすがにそんな可能性これっぽっちも考えなかった。  十五歳年上の政略結婚の相手と、十歳年下の美形の息子王子。三歳の時から手元に置いて(しかも実母から奪って)成長を見守っている。その途中で母性愛が異性愛に変わったってことか……まるで逆光源氏だ。  正面から聞けば〝身勝手〟となるが、年端もいかないわずか十三歳でよくわからない相手に嫁がされ、出産、しかも男児だけ願われてってなると、屈折もするだろうし、生きているのだから恋もするだろう。それがたとえ夫が別の女に産ませた息子だろうが、関係ないのかもしれない。  気の毒っちゃ気の毒だ。だけど一番気の毒はアルフィーだ。三歳で実の母親から引き離され、成長の途中で事実を理解して傷ついたことだろう。ひたすら立場をわきまえるように言われながらスペアとして学ばされて、ようやく王妃が男児を産めば今度は王太子を脅かす存在だと怪しまれて警戒される、とは。 ――ジュリアの補佐をしたいと言ったが、確かに現状では間違いのない言葉だが、本当は旅に出たいんだ。 ――すべて捨てて一人の剣士として放浪し、世界中を見たい。勉強で学んだ世界をこの目で見てみたい。それが希望だ。いや、夢かな。 ――愚痴は口に出して言えばすっとする。晴れやかな気持ちになる。だが、なんのしがらみもなく、自由気ままに行きたいところへ行き、したいことをする……素晴らしいだろうな。 ――シンと二人で旅に出られたら……どんなに。  アルフィー……お前は、大空に羽ばたきたいのか? 王城という鳥籠の中で安全に、そして多くに信頼されるのではなく――  少しの間だけ階下で夢占いをする。それからランチタイムになったので西の間に行ってジュリアと二人で昼食となった。  だがジュリアには悪いが、アルフィーがいない分より気持ちはさっきの王妃とのやり取りに向き、上の空状態だ。一生懸命話をしているジュリアに、何度も「聞いてる?」と確認される始末。ごめん、ジュリア。でもお前のかーちゃん、もう信じられない状態だからさ。  アルフィーの旅に出たい発言といい、本当に本気で〝大変な秘密を知ってしまったぁああっ!〟って叫びたい心境なんだから。 「シン!」 「あ……悪い」 「もうっ。何回言わせたら気が済むんだよ」 「うーん」 「シン、ホントにどうしたの? あ、そうだ、母上だ。シン、母上に呼び出されたって言われたんだ。なにか言われたの? なにを言われた!? ぼくが怒ってきてあげるよ!」  ホントにジュリアは微笑ましい。俺のトラウマを消滅させてくれそうだ。そう、目の前でこけた子どもを立ち上がらせようとしたら大泣きされて困り果てたことと、そこにようやく母親がやってきてやっと解放されると思ったら、不審者だって騒ぎになって、近くの交番まで連れていかれたっていう、ものすごーくイヤな思い出――トラウマがさ。 「王妃さまは……まったく関係ないと言えばウソになるけど、でも王妃さまにキツいことを言われたわけじゃないよ」 「ホントに?」 「ああ。ただ……みんな自分の立場や責任が大変なんだなって思ってさ」  ジュリアがかわいらしく小首を傾げる。 「なぁ、ジュリア。ジュリアは王太子として王様になることをちゃんと決意しているだろ?」 「うん。アルフィーのほうがふさわしいと思っていたけど、シンに言われてそう思っちゃいけないって思ったから」  いい子だ。 「この国の多くの国民や、この城で働く人たち、ジュリアの両親、みんなジュリアが未来の王さまになることを願っている。それは間違いないと思う。でもアルフィーは違う。アルフィーはジュリアのスペアだ。ジュリアがしっかりすれば、アルフィーはここでの役目を終えることができる。なぁ、ジュリア。アルフィーを自由にしてやらないか?」 「…………どういう意味? 自由って?」 「アルフィーは今まで自分の希望をいっさい口にせず、ただ命じられるままに働いてきた。最初は仮初の王太子として。そして今は国王の臣下として。アルフィーがなにを望んでいるのか、誰も知らない」 「そんなことないよ。アルフィーはぼくの傍にいて、ぼくを守ってくれるって約束したもん。それにアルフィーは父上の命令に従っていて、ぼくはなにも言ってない」  確かにそうだ。だけど、あいつの夢は―― 「そうだった。ごめん。ジュリアがアルフィーを縛っているわけじゃないもんな。俺が間違っていたよ。すまない」 「………………」 「悪い悪い。さぁ、食べよう。冷めてしまうから」 「………………うん」  消え入りそうな小さな声での返事。すっかり意気消沈してしまったジュリアの変化を、俺は自分の考えに囚われていて、ちゃんと見ていなかった。 第7章 大変な秘密を知ってしまった×2  終

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