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第7章 大変な秘密を知ってしまった 2

「おはようございます」  朝風呂を浴びて朝食を終えたころを見計らい、アルフィーの部下たちが現れる。そしてまるで連行されるように引っ張っていかれた。  ホント、半端なく忙しいよな。可哀相になってくるよ。 「じゃあね、シン! またお昼に」 「ああ、勉強、頑張れよ」 「うん!」  ジュリアも彼付きの従者に連れられて部屋から出ていった。ジュリアはもちろん自分の部屋があるが、朝食はここで一緒に食べている。とはいえ、俺がアルフィーの部屋で過ごすことになったと聞いて、ズルいとずいぶんゴネたのだが。 「あの」  二人を見送って物思いにふけっていると、カイトがおずおずと声をかけてきた。  こいつはあれ以来、怯えたようなまなざしを俺に向けてくる。おそらくアルフィーから相当お灸を据えられたのだろう。もしかしたら、死を宣告されるより、嫌われて遠ざけられるほうがイヤで怖いのかも。 「なんだ?」 「……魔導士さまがこちらに移られてから、殿下のお顔の色がよくなりました。聞けば、非常によく眠れるようになったとか。表情もやわらかくなられたと思います。あんなに屈託なく笑っていらっしゃる殿下を拝見するのははじめてです」 「へぇ」 「わたくしは……魔導士さまがおっしゃるように、侍従頭の位をいただき、そのことに喜ぶあまり自分を見失い、殿下のお気持ちを考えずに驕っていたのだと思います。先日は取り返しのつかないことを致しまして、まことに申し訳ございませんでした」  腰から曲げる九〇度の謝罪、か。これが十五歳の子どもの仕草なんだからなぁ。すげぇよ、この世界。 「いいよ、気にするな。お互い水に流して忘れよう」 「ありがとうございます」  カイトはもう一度頭を下げ、静かに退出した。それを視線で見送り、ほうっと大きな吐息をつく。俺も仕事に向かわなきゃな。待ってる連中がいるからさ。はぁ、一日ゆっくり羽を伸ばしたいよ、とほほ。 「あ」  今、思ったけど、ここって定休日がない。土日祝日休みって感覚がなくて、毎日働いてるよ。じゃあ、いつ休むんだろう……考えたことがなかった。あれ? いや、侍従やメイドさんたちはローテーションだろうが、アルフィーや王さまのような代わりのいない仕事に就いている連中はどうしているんだろう。  ……休みたい時に休むんだろうか? そういや、政治家だってそうだよな。一応休日はあるが、なにかあったら呼び出されるし。ここもそうなのかな。  部屋を出て階下へ向かおうとしたら、パタパタと足音が聞こえてきて呼び止められた。見るとルアーのオバサンじゃねぇの。わざわざ王妃の侍従頭が呼びにくるわけ? 「魔導士さま」 「どうも」 「お部屋に伺ったらもういらっしゃらなかったので追いかけましたの。王妃さまがお時間をいただきたいと仰せです。南の間へおいでませ」  お、これはもしかして。  近くを歩いていたメイドさんに事情を話して連絡してもらい、俺はルアーさんについて王族の宮へと舞い戻った。そして南の間へと進む。 「王妃さま、お連れいたしました」 「おはようございます。シンです。お呼びとのことで参りました」  これで二度目の対面だが、確かに美人だし、男の保護欲を駆り立てるような可憐さだ。だが、前回の言動や、アルフィーとの確執から察するに、内側に秘められ感情や性格は激しく、プライドに満ちているのだろう。 「うむ。魔導士どのに聞いてもらいたいことがあってな。ルアー、しばらく用事はない。呼ぶまでみなで下がっておれ」  ルアーさんは丁寧に礼をして退席した。これで俺と王妃のさしの話になる。なにが飛び出すのやら。 「午前は使用人たちの相談に乗っておるとか。本来であれば午後まで待つのが筋じゃが、わたくしも今日は午後から面談があってな。すまぬな」 「いえ、なににおきましても王族の方々の用事が優先と心得ております」 「うむ。そう言ってもらえると助かる。実は……今朝、また夢を見てな。最近よく見るゆえ、それを解釈してもらいたくてご足労願った」  どうやら王妃は俺を信じる気になったようだ。ここに来てそろそろひと月経つってところだから、まぁ早いほうなんじゃないかな。  あ、いや、でも、もうひと月か。月日の経つのは早いって言うけど、ホント早えぇな。すっかりこっちの生活にも慣れたし、〝魔導士さま〟なんて呼ばれ方も平気になってしまった。 「どんな夢をご覧になったのですか?」  王妃はほんのわずか首を傾けた。疑問に思っての仕草ではなく、思い出そうとする無意識の動作だろう。王妃が語り出すのをじっと待つ。 「わたくしがアルフィー殿下に向け、矢を放つのです」 「矢?」 「うむ。なんとも後味の悪い。わたくしが王太子を巡って殿下を快く思っておらぬと口さがない者が申しておるようじゃが、まったくの偽りでの」 「そうなのですか?」  〝矢を放った〟と聞いてちょっと動揺しているんだが、気づかれたらマズいからなるべく平静を保たないと。 「そうじゃ。わたくしが陛下に嫁いで参った時、殿下は三つであられたが、陛下にお願いし、実母どのに代わってこの手で殿下をお育て申し上げた」 「王妃さまがアルフィーを育てたのですか?」  うん、と頷く様子を呆然と眺める。アルフィーは王妃の手元に置かれて育てられ、親子として暮らしていたってこと? 「殿下はわたくしになついてくださったし、わたくしが実の母でないことを話しても態度を変えず、丁寧に接してくださっておる。わたくしも同様じゃ。確かに王太子が生まれて殿下のお立場は異なってしまったが、だからとてわたくしたちが積み上げてきた信頼や尊敬の想いが変わるわけがない。それなのに周りは無責任にも、勝手に好き勝手言っておるのじゃ」  そうなの? 「ですが、アルフィーは王妃さまに自分がジュリアの味方であり、生涯支えて守っていくことを誓っていると伝えてほしいと言いましたが……彼は王妃さまに疑われていると考えていると思いますが」 「ずっと殿下の成長を見守っておったのじゃよ。我が子同然。さらに殿下は礼儀正しく、見目麗しく、剣術も長け、勉学もすこぶる優秀。非がないすばらしいお方。わたくしが疑うなどもっての外じゃ」  あ……  王妃の顔、その目に釘づけになった。  夢でアルフィーに〝矢〟を投げた。そしてこの目、まなざし…… 「なるほど。わかりました。他に見た夢はありますか?」 「他? ふむ、これも殿下がらみじゃが、わたくしが殿下を騙す夢を何度か見たことがある。後味が悪いものよ」 「騙す……」 「あともう一つ。麗しい鳥を得て、籠に入れているのを眺めている、というのがあるな」  鳥を眺めている? 「籠の中で鳴いているその鳥がほしくて仕方がないのじゃが、出して逃げてしまってはいけないと迷ってずっと眺めている。それがなんともじれったくてなぁ」  アルフィーに向けて矢を投げ、そのアルフィーを騙す。さらに鳥籠の鳥をほしくて眺めている、か。決定的だ。麗しい鳥ってさ!   俺の解釈が間違っていなければ、こいつはとんでもないことで、非常に面倒くさい人間関係になっている。まともに夢の解釈を言ってはマズい。さて、どうするべきか。 「これら、どう繙解かれるのじゃ?」  ウソは言わず、真実も語らず……それを貫くしかない。あ、その前に。 「王妃さまは十三歳で嫁いでこられたとのことですが、国王陛下っておいくつなんですか?」 「陛下とわたくしは十五違うゆえ、今、四十五でいらっしゃる」  アルフィーは二十五の時の子か。アルフィーが生まれて三歳になった頃、政略結婚が成立してようやく王妃の席が埋まったってことか。  なんかそう思うと複雑だな。俺たちの世界だって政治のために席をあけておき、プライベートで女を囲っているなんて話はゴロゴロ転がっているが、ホント、身分のある者はイヤだねぇ。  国王陛下さんに聞いてみたいもんだ。あんたはこの美人で可憐な王妃のことをどう思っているんだ?って。愛してやってるのか?って。  きっとそうじゃない。だからこんな夢を見て、こんなややこしい面倒くさいことになっているんだ。  あ、待てよ。王妃にアルフィーがゲイだってことを教えてやったらどう反応するだろう。ホッとして、あっさり受け入れるかもしれない。とは思うが、この件は勝手にバラすことができないから今はまだ口はチャックだ。 「わかりました。では、ご覧になった夢の解釈を致します。まず〝矢を投げる〟という行為は目的達成に対する意気込み、やる気を意味しています」  王妃が、うん、うなずく。本当はまだ続きがあって、投げた相手が異性なら、それはその相手への〝恋心〟を意味する。つまり心を得たい、射たいと切実に願っているということだ。が、こいつは言えないので黙っておく。 「騙す、恐れや罪悪感を示しています。夢の中でアルフィーをなんらか言って騙した、ということは、アルフィーに対して隠し事やウソがあるのではありませんか?」 「――――――」  ほらみろ、顔色が変わった。 「もしかして、周囲の言動や派閥の行動について、誤解を与えていることを気になさっているのではないでしょうか?」 「そうなのじゃ! まさしく、その通り。わたくしの思惑とは違うことを公爵たちが申すゆえっ」  俺の助け舟に見事乗ったな。 「なるほど。ですが、アルフィーは王妃さまに嫌悪され、距離ができることを避けたがっています。一度、誰も交えず二人だけでじっくりとお話しになり、正直に気持ちを語られたらいかがでしょうか」  もちろん、誤解を解くためのことで、あんたの恋心をコクれって意味じゃないが。 「とても大切と思います。最後の鳥籠の鳥を見ているというのも、王妃さまの苦悩を示しています。籠に入れられた鳥は文字通り自由を奪われている存在。王妃さまの今の心を如実に表しているものと私は思いますが」 「………………」 「いかがでしょうか」  王妃は青い顔をして俺をじっと見つめた。

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