23 / 37

第7章 大変な秘密を知ってしまった 1

 すげぇ気持ちがいい……そう思っていたら、なんだか妙に温かいものにぶつかった……ような気がする。やわらかくて……ん? 「え?」  目をあけると、アルフィー? 「ええええっ、ちょっと、お前!」 「安心しろ。今の私にはシンを組み伏すだけの元気がないからなにもしない」  なに言ってんだ、こいつ。王子さまのくせにっ! 「ここ、俺の部屋で俺のベッドなんだけど」 「わかっている」 「いや、わかってねぇだろがっ。自分の部屋に帰れよっ」  アルフィーは両腕を頭の下に組んで天井に視線を向けつつ、さも可笑しそうというように笑った。 「そこで笑うことか?」  羽根布団から出ているのは生腕(っていうのかな?)だし、肩も見えるからやはり全裸なのだろう。 「今夜からここで寝ることにした」 「……ええええ!」 「いや、お前を襲うためじゃない。安心しろ。昼間ここで仮眠しただろ?」 「……ああ」 「久しぶりにぐっすり眠れたんだ。目覚めもよかったし、素晴らしくスッキリした。シンの傍だと安心して眠れるんだと思った」  それは……どう反応していいのか、ちょっとよくわからないんだが。 「何日かここで寝て、気のせいだったら自室に戻るし、やはり考え通りだったら今後は私の私室にする」 「おいおい、それは」 「私の安眠のために協力してくれ」  そう言われたら返す言葉がないじゃねぇかよ。 「ジュリアが生まれるまで、妙なプレッシャーに苛まれていた」 「え?」  天井を睨むように見ているアルフィーの顔を思わず凝視する。 「いつも父王から、お前は現在第一王子で王太子の肩書きを得ているが、それは仮初のものだから、己の権利ではないと思え、そう言われ続けていた。だったら、そんな肩書きは不要ではないか、そう思うのに、本心を口にしてはならない。とはいえ、母はうるさかった。母の様子から判断するに、私が王になるほうがいいなら王妃が孕まないことを祈るしかない。だが、この国では、正当な位の者がその役目を果たせないとき、災いが起こるという妙な考え方があって、正妃である王妃が王子を産めないのは、国家に災いが起こる前触れだという不安が広がる可能性がある。ならば一日でも早く孕んでもらわねばならない。私はずっと迷って、悩んでいた」 「……結局はジュリアが生まれた」 「そうだ。安堵したよ。私の立場など国家の平和の前では二の次三の次だ。まずは、天災は免れたと。次に悩んだのはジュリアとの関係だ。それまで王妃とはうまくやっていたのに、周囲の様子が変わり始めて対立構造が強くなり始めたら、我々の関係も急速に悪化した。もしジュリアが私を嫌えば、私は存在価値を失い、ここに居づらくなる。だから護身用に習っていた剣術の稽古により打ち込むようになった。いつ放逐されても剣一本で生きていけるようにと思って。それに体を動かしているとなにもかも忘れられたからな」  大事な王子を放逐なんてないだろうが、十代の前半の子どもがそう悩むのは無理はない。スポーツで汗を流してストレス解消とは次元が違うだろうが、でもそういったことなのかもしれない。頭の中を空っぽにするためには、体を使い、汗をかくのが手っ取り早いだろう。  だけど、それはそれで……すげぇよな。 「王妃は嫌がったが、臣下仕えるのだからと子守り役を依願し、なるべく一緒にいられるようにした。西の間にジュリアを住ませているのもそうだ。西の間は王太子管轄エリアだが、まだ早いと怒る王妃を説得してそこで育てることにした。 「ちょっと待ってくれ。その時は十三だろ?」 「そうだが」  たった十三で王妃を黙らせられるのか? 「父王に頼み込んだ。どの国も王位継承をめぐって諍いが絶えない。それは兄弟の絆が弱いから。私たちは常にともに過ごし、兄弟としての信頼を育めば想定されるトラブルは回避できるはずだと訴えた。王妃もいろいろ言ったようだが、父王は熟慮の末、私の意見が正しいと判断したんだ」 「……なるほど」 「おかげでジュリアは私になついてくれて、当面の心配はなくなったが……これでいいのかといつも悩む。いや、システムについては最善策を取っていると思っている。そうじゃなく、私自身のことで……」 「アルフィーの?」  アルフィーはふっと苦笑を浮かべてうなずいた。 「言い表せない不満、窮屈さがあってな。お前に解釈してもらった夢なんだが」 「うん」 「まさしく急所を突かれた気がしたよ。私は……」 「うん」 「ジュリアの補佐をしたいと言ったが、確かに現状では間違いのない言葉だが、本当は旅に出たいんだ」  旅? え? 旅!?  驚く俺を見て笑い、また天井に顔を向けた。 「すべて捨てて一人の剣士として放浪し、世界中を見てまわりたい。勉強で学んだ世界をこの目で見てみたい。それが希望だ。いや、夢かな」 「………………」 「許されないことだ。わかっているから実行することはない。私は身に着けたすべての知識、技術でもってした愛しい王太子を守っていく。それが私の役目であり、命を与えられこの世に生まれた意義だと思っている。だからすべてを捨てる、なんてことはしない――シン」  急に緊張を張らんだ声で名を呼ばれ、俺の背にビンと緊張が走った。 「なんだ」 「言うなよ」 「……そんなこと、言えるかよ。第二王子がここを捨てたがってるなんて」  実行しないように嫌味を入れて返事をしたものの、後味が悪い。 「なら、いい。なんだかホッとするんだ、お前を見ていると」 「………………」 「なぜだかわからない。初めてだ。見ているだけで、こうやって傍にいるだけで、安心できるなんて。全身から緊張が抜けていく気がする。それにお前は王位継承者としての私に対しても気後れも野心も持たず、歯にもの着せぬ言いようで的確に助言してくれる」 「そんなこと……」 「いいんだ。そのままでいてくれ。シンはこの世界の者ではないからかな、それもあるのだろう。いずれ自分の世界に戻るなら、ここで出世することもないから自分にとって都合のいいことを言うこともない。だから私も気が緩んで腹の底のことを言えるんだと思う」  それはそうだろう。けど…… 「愚痴は口に出して言えば晴れてしまうものだ。だが、なんのしがらみもなく、自由気ままに行きたいところへ行き、したいことをする……素晴らしいだろうな。シンと二人で旅に出られたら……どんなに……」 「アルフィー?」  アルフィーは気持ちのよさそうな寝息を立ててすでに眠っていた。あっという間だった。  疲れているのだろう。いや、それ以上に苦しんでいるのだろう。まだ二十歳だってのに、この国を背負う者の一人として働いているんだから。  だけど……  アルフィーの言葉を聞いてぞぞぞーっと悪寒が走る。なにもかも捨てて旅に出たいなんて……それも俺と二人でなんて、恐ろしすぎる。今日、ジュリアにもっともらしいことを言って説得したばかりだってのに。  ふとアルフィーの夢のことを思い出した。  ダンジョンから出ようと足掻いているっての。それはおそらく、間違いのなく現状からの解放への希望だ。アルフィーの潜在意識は、今の生活から逃れたいと、そう思っているんだ。  聞いた時は王妃含め王妃派との権力争いなんかでストレスがたまっているのかと思ったが、そうじゃなかったんだ。派閥や権力、立場、そのすべてがアルフィーを責め立てているってことだ。  まだ二十歳という若さ。生まれてからずっと課せられた責務に縛られて生きてきた。これからもずっとこの生活が続く。おそらく、死ぬまで。  なんか、ものすごく、切ないよな。  寝顔を見ていたら二十歳の若者なのに。俺たちの世界だったら、大抵は大学生か、専門学校生か、あるいは高校を出て働き出して二年目のひよっこ新人ってところだろう。  それに俺にだけ心を許して本音を言ってくれるというのはなんともくすぐったいじゃないか。  魔導士は誰かに傾倒したら資格を失うって言っていたけど、別に魔導士なんて地位に魅力なんかないし、この地位にいたいとも思っていない。俺を頼っているアルフィーになにかしてやりたい、そう思うだけだ。  だけど、もし魔導士の資格をはく奪されてこの役目から下ろされたら、俺はなんになるのだろう。単なる第二王子の腰巾着?  ……それでもいいけど。ただ、どんな立場になっても、体だけは守ろう。うん。それはとっても大事なことだ。つか、それってパワハラでセクハラじゃねーのかよ。    *****  アルフィーじゃないが、俺もヘロっヘロになっている。男が二人、全裸と半裸で同じベッドで泥のように眠るってどうだろう。  アルフィーが俺の部屋に寝泊まりすることをカイトはじめ小姓の連中が大反対して(もちろん警備の面で)、結局俺がアルフィーの部屋に居を移すことになった。といっても、部屋は隣なんだが。  俺の一日のスケジュールは朝食が終わったら、身分のない使用人たちの夢占い⇒ジュリアと休憩を兼ねた昼食(時々アルフィーも参加する)⇒貴婦人たちの夢占い⇒ジュリアの休憩に付き合ってのおやつタイム⇒貴婦人たちの夢占い⇒アルフィーとジュリアと一緒に夕食⇒紳士クラブで夢占い、で、深夜手前で解放……ってな感じで、クタクタ。  しかも厄介なことは、使用人や貴婦人たちは仕事の不満や恋愛事で言っちゃ悪いが内容が軽いのだが、紳士クラブに出入りしている貴族たちはいい年をした大の男、しかも地位有で、内容が濃いし重い。まるで課長や部長やそれ以上の役職さん方の夢を占っている感じでプレッシャー半端ない。占いなんだからさぁ、当たるも八卦当たらぬも八卦、でいいじゃねーの。  だから部屋 (アルフィーのだが)に帰ってきたらもうクタクタでベッドにダイブしてそのまま夢の中へ、だ。その時、アルフィーがいても先に寝ているし、俺が先でももう爆睡していて、アルフィーがいつ戻ってきたかもまったく知らない、そんな毎日だった。

ともだちにシェアしよう!