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第8章 戦う王子サマはかっこいいかも 1
午後はいつも通りサロンルームで貴婦人たちのお相手。今日も列ができていて、大変だ。休憩も取らず頑張って、少々西日が眩しく感じ始めた時だった。バタバタと足音が聞こえてきたかと思うと、呼気を弾ませたアルフィーが数人の衛兵を従えてやってきた。
「ちょっと来い!」
いきなり腕を掴まれて引っ張られ、立ち上がらせられる。それからサロンルームを出て、人のいない適当な空き部屋に引っ張り込まれた。
「どうしたんだよ?」
俺の問いかけに、アルフィーが美しい顔を歪ませて怒鳴った。
「シン! お前、ジュリアになにを言った!」
へ? なにって……?
「ジュリアがいなくなった。捜してもどこにもいない」
「――――――」
「昼食まではいつも通りで、昼を終えてから元気がなくなったらしい。午後一番の勉強が終わって、次の家庭教師がやってくるまでのわずかな時間にいなくなった。お前との会話が原因だろう? ジュリアになにを言ったんだ!?」
それ……
「元気がなくなったってのは……」
「家庭教師も授業中に集中せず意識が散漫だったと証言しているし、部屋に案内した小姓がなにか思い詰めているようで話しかけても返事がなかったと言っている。お前との会話が原因としか思えん」
俺が……アルフィーを自由にしてやらないかって、そう言ったから?
俺が、ジュリアを追い詰めた?
「なにを言ったんだ! どんな話をした!?」
「アルフィーを自由にしてやらないかって……」
「私?」
アルフィーの反復に力なくうなずく。
「……アルフィーは今まで自分の希望をいっさい口にせず、ただ命じられるままに働いてきた。最初は王太子として、今は国王の臣下として。誰もアルフィーがなにを望んでいるのか知らないくらい。だから本人の自由にやらせてやらないかって」
「旅に出たいと言ったことを話したのか?」
「それは言っていない。でも、ジュリアは否定して、アルフィーはジュリアの傍にいて、守ることを約束したし、命令に従っているのは王さまだから、自分はなにも言っていないと言われた。確かにそうだと思って、謝ったんだけど……」
「バカ者!」
強烈な怒声に身がすくんだ。反射的に目を閉じ、奥歯を噛みしめる。
「そんなことを言えばジュリアは自分のせいで私が窮屈な思いをしていると勘違いするじゃないかっ。なぜそんな荒唐無稽なこと言ったんだ!」
「その前に王妃に呼ばれて夢占いをしていて、それで王妃の言葉に、俺、すげぇ動揺してたもんだから」
「動揺?」
王妃がアルフィーに恋心を抱いている――危うく言いそうになって、慌てて踏みとどまった。
「王妃になにを言われたんだ?」
「……あの人はあの人なりに、アルフィーとの関係に悩んでいる。うまくやっていこうと思って手元に寄せ、自ら育ててきたのに、アルフィーに疑われたり、周囲が派閥を作ってあらぬことを言い立てたりすることがイヤなんだそうだ」
「――――――」
「おそらく王妃はこの国に生きる一人の人間としては、国王を尊敬し立てているかもしれないが、一対一の人間としては想っていない。だから人間関係がこじれている。こんな状態だからアルフィーは辛いのだと思ったら、ついジュリアに自由にしてやってくれと言ってしまっていた――」
なんてことだ。俺がジュリアを追い詰めてしまうなんて!
「……そうか。ジュリアは自分がいなくなれば私が王太子として立てられ、やりやすくなるとでも思ったのか」
「アルフィーのほうが相応しいと思っていると話していた。だけど俺が、王太子として生まれたのはジュリアだから、ちゃんとその責務を果たし、アルフィーと協力し合うのがいいって言ったらわかってくれたんだ。それなのに、軽率なことを言ってしまった」
はぁ、というアルフィーのため息が聞こえ、ズンと心に重く響く。
呆れられた? それとも嫌われた?
……嫌われた? なにを子どもみたいなことを考えているんだ。さもなくば女子高生かよ。情けない。だけど、早くジュリアを見つけないとっ。
「俺、ジュリアを捜してくる!」
「待て。ジュリアは別空間に飛んだ可能性が高い。今、それを調査しているところだ。その結果次第で絞り込む」
「別空間? どうしてそんなことがわかるんだ? それに、絞り込むって……どうやって?」
アルフィーがポケットからなにか取り出し、見せてきた。それは小さな羅針盤だった。針がクルクルとけっこうな速さで回っていてまったく止まる様子がない。
「ジュリアはこれと対になっている鉱石を身に着けている。この世界にいれば居場所を指すが、別空間であれば辿ろうとしてこんな風に忙しなく動くんだ。捩じれた空間まで追えないものでな。魔導士たちに気配を辿らせる。こちらはあまり正確ではないが、子どもの足ではこの短時間だ、遠くには行けない。魔導士の出番であれば、場所は限られてくる」
そうなのか? 見当がつくということか?
「あまり好ましい場所じゃないが、もしジュリアがこの空間から出たいと考えているなら行くだろう場所は少ない」
「それは?」
アルフィーはソファに腰を下ろし、足を組んだ。
「ジュリアの部屋とその周辺から別空間に飛べる道は二つしかない。一つは礼拝堂だ。ここには故意に空間を捩じって封じている〝歪み間〟がある。もう一つはお前も通ったメイズだ」
メイズ――
「だが、ジュリアはメイズの答えを知らないはずだから、どの層に入り込むかで対応が変わってくるがな」
またしても、はぁとため息が落ち、俺の心がズキンと傷んだ。……俺のせいだから。
「メイズは七層まである。数字が小さいほど原始的だ。番人たちはすべて幻術だから魔剣で斬れば塵と化すが、こちらが受けるダメージはリアルなものだ。それはお前自身が身をもって体験したからわかるだろう」
思わず脇腹に手をやった時、開放していた扉から衛兵が入ってきた。
「どうだった?」
「礼拝堂への出入りはなさそうで、おそらくメイズかと」
「やはりな。わかった。これから参る」
「アルフィー自ら?」
と、思わず割って入っていた。
「お前を拾いに行ったのも私だ。私はメイズにあるすべての答えを知っている。私が行くのがもっとも効率的なんだ。身を守ってもらう必要もないしな」
でも、と思うが、俺がなにか言える義理ではない。俺が悪いのだから。
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