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第7話
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初めての屋外デートからしばらくして、新垣になにも言わず芳樹は引っ越した。
ほんの数カ月の疑似恋愛。
それ以来、新垣には会っていない。
新垣はまだ、あの桃色の風鈴を持っているのだろうか。
自分から離れておきながら、新垣が芳樹との思い出を捨てずにいてくれることを望んでいる。
――チリン
チリン
チリン、チリン、チリン!
隣のベランダの風鈴が激しく鳴っている。
さっきから室内の空気は動いていない。
だるい身体を起こし、ランニングを着るとベランダへ出た。
芳樹のベランダで風鈴が激しく揺れている。
隣とのパーテーション横から侵入している日に焼けた逞しい手に、風鈴は握られていた。
「新垣?」
まさかと思いながら呟いた。
ベランダの手摺を乗り出すように、新垣が顔を出した。
「どうして、ここに……」
「捜したんだ、芳樹のこと」
新垣の言葉ひとつで、心がいっぱいに埋まった。
――きっと俺は、新垣ではなく自分の気持ちが信じられなかったんだ
ベランダの手摺を乗り出して、芳樹は新垣にキスをする。新垣は大きな目を丸くした。
「俺のこと嫌いになって逃げたんじゃないの?」
「そう思うなら、なぜここへ来た」
「就職して少しは大人になった俺を認めてもらうため」
さっきまで自信無さそうに揺らいでいた目が、しっかりと芳樹に向けられる。
真っ直ぐな瞳が愛してる、と語っている。
開きかけた新垣の唇に、芳樹はしーっと指を立てた。
今、言葉はいらない。
もう一度、キスをした。
終り
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