1 / 38
第1話 婚約破棄、ただしざまぁ不可。
王族貴族の集う王城のパーティー。
よくある悪役の断罪。
婚約破棄を叫ぶ王太子。
王太子の腕の中で震えるかわいい顔立ちの美青年。
それでもよくある断罪破滅ざまぁ系と違うのは、それが完璧な婚約破棄であったことだ。誰も反対しない、陛下の許可すらでており、新たな婚約もしっかりと結んだうえで、俺を公爵家から追いだすために周到に準備されたものだった。
そう、あのひとが王太子の側にいるのだ。
断罪破滅の危機からの逆ざまぁなどできないよう、徹底的に落としてきたのだ。
「リリヤ・サフィアス」
「マティアスさま」
「もう、私はそなたの婚約者ではない。私を名で呼ぶんじゃない!」
「申し訳、ありません」
よくある、断罪前中後の各シーンにおいて、前世の記憶を思い出すと言うパターン。俺は今、それに嵌まっていた。俺の場合は、断罪中。断罪は告げられたが、断罪劇の途中である。
大体が、前世でやっていたゲームとか、読んでいた本や漫画、あとはアニメなどに似通った世界。ーーなのだが、俺にはこのシチュに心当たりがなかった。
だが、これは俺が知らないだけで、実は原作があるパターンじゃないだろうか。
悪役令息的立場の俺。俺は公爵家の人間だ。
いや、でも実際俺は公爵令息ではなく公爵の異母弟なのだが。
だけど、そんなテンプレではない状況も、無理はないのかもしれない。
だって王太子の胸の中に抱きしめられているのは平民出身のかわいらしいヒロインとかでもなく、男爵令息とかでもなく、子爵伯爵令息でもない。
むしろ逆に破滅するダメヒロインですらないのだ。
彼はセラフィーネ・エメラルディス公爵令息。
俺と同じ公爵家の出身で、俺とは違い純血の貴族令息だ。プラチナブロンドの美しい髪に、エメラルドグリーンの輝かしい瞳。かわいらしい顔立ちなのに、どこか大人びた印象を抱くこともある。
彼は聖女。男だが、役職名は聖女である。
そんな聖女の彼はその腕も確かで、貴族平民問わずみんなから愛され、頼られる。影で性格が悪いだなんてそんな事実もなく、清廉潔白で何よりも王太子妃に相応しいとされる存在。
そもそも、俺が王太子の婚約者になれたことが、まず間違いだったのだろう。
俺は先代サフィアス公爵が気まぐれで手を付けた平民の男との間に生まれた。因みにこの世界には男しかおらず、子種を残す側の攻めと子を孕む側の受けがいる。
それなのに、聖女の役職名は何故か聖女である。
いや、ここら辺は今はいい。
俺は平民との間にできた庶子であるにも関わらず、本来の嫡男で後継者である異母兄・オリヴェルが切望しても得られなかったサフィアス公爵家の色を持って産まれてしまった。
だから先代公爵は母を亡くし天涯孤独になった俺を公爵家に引き取り、公爵令息として育てた。
公爵家では平民の血が混じると常にバカにされ、王家の色を受け継ぎながらも肝心の公爵家の色を受け継げなかった異母兄オリヴェルに贅沢な嫉妬をされて育った。
けれど俺は魔力だけはピカイチで、虐めてくる使用人たちを逆に圧倒して脅えさせ、先代公爵ですら手に負えない。先代が他界してからは公爵家を継いだオリヴェルの頭を常に悩ませてきた問題児。
それでも公爵家を追い出されなかったのは俺を外に放り出すのが何よりも危険で、色だけではなく公爵家の独自の魔法すらも受け継げなかったオリヴェルの万が一の時のスペアだ。
それでも分家でわずかながら公爵家の魔法を受け継ぐものがいたから、そのものがオリヴェルの婚約者となっている。
そう言うわけで、公爵家の血を引き、その色と魔法を受け継ぐ俺は先代のごり押しによって王太子の婚約者になった。
俺が誰にでも愛される完璧な公爵令息セラフィーネを蹴落として王太子の婚約者になれたのは、当時セラフィーネは身体が弱く、その座におさまることが難しかったからだ。
しかし俺が婚約者になって数年後、セラフィーネは聖女の力に目覚めて健康な身体を手にした。
そして王族貴族が通う学園でも、生徒会副会長として会長の王太子をよく支え、そして勉学も優秀にこなす上に慈善活動に精を出した。
学園内では、イチャイチャしているような雰囲気はなかった。セラフィーネはあくまでも、王太子の臣下として、できることをやっていたにすぎない。
だが、表面上に見えないところでは、着実に王太子の婚約者を俺からセラフィーネに替える根回しが行われていたのだろう。
―――王太子の最側近である、異母兄オリヴェルの手も加わって、今宵俺の数々の悪行を並べたて断罪し、事前に陛下の許可を得た婚約の破棄を突き付けてきたのだ。
呆然としていれば、ふと、王太子とセラフィーネ、その2人の側に控えるオリヴェルの背後にとある3人が目に入る。
ひとりは王太子の護衛であり近衛騎士でもあるオレンジレッドの髪にオレンジの瞳のリクハルド・カーマイン侯爵令息。
もうひとりはダークグレーの髪に金色の瞳の、平民出身のヴァルト・ブラッドストーン。彼は確か、魔法の才に恵まれていて特待生として学園に通っていたのだ。その彼がここにいるのは、ちょっとよく分からないが。他の2人のパートナーとして参加したのだろうか?
そしてその2人の前でがっくりと膝をついたのは、黒髪黒目中肉中背の少年だ。顔立ちは平凡で、けど愛嬌のある顔立ち。
彼はユッシ・トルマリン男爵令息。
そう、男爵令息だ。よくあるくりっくりおめめのかわいらしい顔立ちのヒロイン顔ではないのだが、でも、立ち位置的に彼がヒロイン的な立場なのではないだろうか。
更に彼は聖女の力を持っているが、実力も名声もセラフィーネの方が上である。
王太子は、オリヴェルの入れ知恵なのか何なのか、男爵令息に懸想せず本来の王太子妃に相応しいセラフィーネを選んで来た。
そこは、ーーそこはなんでテンプレじゃねぇんだよっ!!!
ともだちにシェアしよう!