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第2話 ひよっ子、豆を食べる

 ヤンが気が付くと、知らない部屋の知らないベッドに寝かされていた。それも、ヤンが今まで見たこともないような、上質な寝具だ。 「……っ!?」 「あ、目が覚めた? 急に動いたら危ないよ?」  気を失う前のことを思い出して飛び起きると、アンセルがそばにいてくれたようだ、顔を覗き込まれる。 「す、すみませんっ! すぐに起きてレックス様の指示を仰ぎますので……!」  思い出したついでにレックスのお世話を仰せつかったのに、職務をこなさず気を失ったことまで思い出した。慌ててベッドを降りようとすると、アンセルに止められる。 「まだ動かない方がいい。……疲れたんだろう? レックスが食事を持って、じきここにくる」  何という失態だ、とヤンは息を飲んだ。自分が世話をする立場なのに、逆に食事を持って来させるなんてと驚いていると、アンセルは微笑んでヤンの頭を撫でる。 「頑張ったね、ひな鳥ちゃん」 「僕は成鳥ですっ」  からかうように伸ばしてきたアンセルの手を、ヤンは払った。すると彼は声を出して笑う。ヤンはムッとしてアンセルを睨むけれど、効果はないようだ。 「そのナリで成鳥かぁ。かわいいなぁ」 「からかわないでくださいっ」  しかもめげずにまた頭を撫でようとしてくるので、ヤンは再びその手を払う。すると、ノックと共に部屋のドアが開いた。入ってきたのはレックスで、ヤンの姿を見るなり、鋭い視線を飛ばしてくる。 「……随分と仲がいいようだな」 「れ、レックス様! 申し訳ございません!」  ヤンは文字通りベッドから飛び降り、頭を下げた。すると視界が回って平衡感覚がなくなる。 「おっと」  そんなヤンを抱きとめたのはアンセルだ。ヤンは視界の端で、レックスがさらに眼光を鋭くしたのを見てしまい、慌てて身体を起こす。 「ほら、動くと危ないって……」 「……そんな状態で俺に仕えようとしていたとは。騎士たる者、そんなことでどうする」  低く唸るようなレックスの声に、ヤンは震えそうになった。もちろんレックスの言う通りだし、動くなと言われていたのに動いて、結局アンセルに助けてもらい、二人の手を煩わせたのは事実。ヤンは視線を落とす。 「……これを食え。俺とアンセル、三人分持ってきた」 「え……」  てっきり叱られるのかと思いきや、レックスはドアの向こうからワゴンを運んできた。そこには所狭しと料理が並んでおり、とても美味しそうだ。けれど……。 「三人……分?」  思わずヤンは首を傾げる。どう見ても多い。多すぎるくらいだ。 「あー! レックス、俺は肉魚は食わないっていつも言ってるだろ!?」 「嫌なら食わなきゃいい」 「これは俺への嫌がらせか? 目の前で魚食われると気分が悪いんだよ!」  優しげで穏やかな印象だったアンセルが、髪を振り乱して叫んでいる。その変貌ぶりに驚いたけれど、ヤンはなるほど、とベッドの端に座った。 「アンセル様は、真雁だから草食なんですね」 「ヤダなその言い方。ベジタリアンと言ってくれ!」  料理を見て、本気で嫌がるアンセルと、それを真顔で聞いているレックスが面白くて、ヤンは思わず噴き出す。すると二人は石のように固まってヤンを見た。どうしたのだろうとヤンは思って、主人を笑ったことに気付き、慌ててまた頭を下げる。 「も、申し訳……!」  またしても失態だ、と思っているとまた身体がふらついた。このままでは床に倒れてしまう、と思った瞬間、胸に衝撃があり倒れるのを免れる。 「あ……」  見ると胸にあったのは片腕だ。しっかりした腕は、ヤンの身体をいとも簡単にベッドに座らせた。その腕の主を見上げると、ものすごい形相でレックスがこちらを睨んでいる。 「すっ、すすすすみま……!」 「早く食事を」 「はっ、はいっ!」  何にせよ、主人に気を遣わせて食事を運ばせるなんて、従騎士として失格だ。レックスが怒るのも無理はないし、それでこんなに怖い顔をしているのだろう、とヤンは適当にワゴンから料理を取る。綺麗に盛り付けられた皿には緊張したけれど、レックスとアンセルも皿とカトラリーを取ったので、ヤンもそれに倣った。もちろん、アンセルは野菜しか載っていない皿だ。  ヤンは見よう見まねでフォークを握る。初めて食べる食材は緊張するけれど、食べなければ持ってきてくれたレックスに失礼だろう。  ヤンは、レックスが食べ物を口に運ぶ様子を観察しようと彼を見た。すると彼はヤンの視線に気付き、また鋭い視線でこちらを睨んでくる。 「……っ」  不躾過ぎたか、とヤンは慌てて視線を皿に戻し、フォークに豆を刺して口に入れた。その様子にレックスの視線がさらに鋭くなる。何か間違えたかなとヤンは戸惑うけれど、何を間違えたのか分からないから直しようがない。  すると、アンセルが笑う。 「ふふ、ヤン、おいしい?」 「お、美味しいです!」  するとレックスは、今度はアンセルを睨む。どうしてそんなに怖い顔をしているのかと聞きたいけれど、多分自分が何かを間違えたのだろうから、聞いたら火に油を注ぎそうで躊躇った。レックスが怖すぎて食事の味がしない。 「あ、レックス〜、顔怖いよ?」  レックスの表情に気付いたアンセルが、笑いながら言う。それにしても、騎士団長、副団長という階級の差があるのに、二人は仲がよさそうだ。特にアンセルは、上の立場であるレックスにタメ口だ。何か特別な事情があるのだろうか。 (それを今聞いたら、確実にレックス様に睨まれそう)  そう思って、ヤンは久しぶりの食事を満足するまで食べた。

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