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第3話 ひよっ子、決意する

 久しぶりに食べたまともな食事は、レックスのおかげで食べた気がしなかった。それでも腹は満たされたので、ヤンはフラつきがなくなって満足する。  腹ごしらえをしたあとは、レックスに仕事内容と、城内の普段使う施設を教えてもらうことになった。けれど肝心のレックスはヤンを睨んでばかりで話さず、呆れたアンセルが案内役を買って出てくれる。普通なら、レックスやアンセルの部下にそういうことをさせるらしく、レックスも「それでいいだろう」と言ったのだが、なぜかアンセルが「それはやめた方がいい」と言ってレックスを渋面にさせていた。  ヤンは正直安心した。ずっと睨まれているのは緊張するし、仏頂面であまり話さないレックスよりも、ニコニコしているアンセルの方が話しやすいからだ。 「やっとレックスにも従者ができたと思ったら……これじゃあひな鳥ちゃんにも逃げられちゃうよ?」 「そもそも俺に従者など要らない。そうハリア様にも伝えてあったハズだ」  そしてなぜかアンセルの発言だけには、レックスは返す。受け入れられていないと感じるけれど、やっと手に入れた居場所だ、そう簡単に手離したくない、とヤンは思う。  アンセルは笑った。 「あはは、ハシビロコウだから一匹狼なのは仕方がないけどさ。もう少し歩み寄りとか……」 「これがハリア様のご命令でなければ、戦闘に役に立たなそうなヤンバルクイナなど、邪魔になるだけだ。そうじゃなければハリア様のお相手にでも、押し付けてやったのに」 「え……」  心底嫌そうに言うレックスに、ヤンは目を丸くする。王の相手なら、それはどう考えても今の立場よりいい身分だ。戦闘をしなくてもいいならその方がいいし、そもそもビビリな性格なのでそちらの方が合っている気がする。  それに気付いたのか、アンセルはまた笑う。そんなアンセルを、レックスは強い視線で睨んでいた。 (……本当は、優しいひと……なのかな?)  大柄で見た目は怖いけれど、やはり騎士にふさわしい、強くて優しい心の持ち主なのかもしれない。そう思ったら、俄然レックスの従騎士として働く意欲が出てきた。 「レックス様。僕、頑張って早く仕事を覚えますね!」  ヤンがそう言うと、レックスは足を止める。そして振り返った彼の表情に、ヤンは思わず悲鳴を上げそうになった。  レックスの眉間には深い皺が刻まれており、目尻がこれ以上ないくらいに吊り上がっている。口を一文字に結び、彼の身体からは怒気がヒシヒシと伝わってきた。 「あ……」  ヤンの足が震える。今までにないくらいのレックスの感情に気圧され、反射的にすみません、と謝った。 「あー、ほらレックス、眉間の皺取って」  今しがた優しいと思ったのは違ったようだ。やはり受け入れられている訳ではないらしい、とヤンは視線を落とすと、視界の端でレックスが拳を握るのが見えた。 「く……っ」  レックスが歯を食いしばる声がする。ヤンはそっと視線を上げると、レックスは苦悶に満ちた表情で、深々とお辞儀をしていた。腰を九十度曲げ、それでも顔だけを上げて上目使いでヤンを睨んでいるから、ものすごい迫力だ。 「ひ……っ」 「レックス、ほら、ひな鳥ちゃん怖がってるから」  レックスがこれ以上ないほど怒っているようなのに、アンセルは気にしていないのか彼の肩を叩いて姿勢を戻した。どうやらアンセルは、ヤンをひな鳥ちゃんと呼ぶのを止めるつもりはないらしい。 「す、す、すみませんっ。怒らせてしまったみたいで……!」  怖いけれど、今頼れるのはレックスたちしかいない。原因は分からないが、怒っているなら謝った方がいいだろう、とヤンは声を上げる。  するとまた、二人は石のようにピシッと固まった。そしてレックスは顔を逸らし、アンセルは声を上げて笑う。 「あっはっはっは! ひな鳥ちゃんかわいいねぇ! いいよ、俺ひな鳥ちゃんのこと気に入った!」 「へぇっ!?」  アンセルにいきなり抱きしめられ、ヤンは声をひっくり返す。この流れでどうしてそうなるのか。ヤンはぎゅうぎゅう抱きしめてくるアンセルから逃れようともがいた。 「ハリア様の命令じゃなかったら、俺の従騎士にしたかったなぁ」 「アンセル様っ!?」 「ねぇレックス、ひな鳥ちゃん俺にちょうだい?」  抱きしめながら頬を擦り付けそうな距離で、アンセルは言う。レックスは大人しく抱きしめられているヤンを睨んだあと、視線を外して歩みを進めた。 「ハリア様のご命令だ」 「あら残念」  先を行くレックスを眺めていると、アンセルが小声で「素直じゃないねぇ」と呟いた。どういうことかとヤンは彼を見上げると、アンセルは綺麗な笑みを浮かべてヤンの背中を撫でる。 「頑張りな。一匹狼のレックスが大人しく従者を受け入れるなんてこと、ほぼないんだから」  え、とヤンは離れたアンセルの後ろ姿を追った。今までのレックスの態度からして、到底ヤンを受け入れているとは思えない。けれどアンセルがそう言うなら、本当のことなのかもしれない、とヤンは思う。……とても怖い顔で睨んでくるけれど。 (何でもいい。……この先に安心して暮らせる道があるなら)  騎士団というところには若干不安はあるけれど、そうも言ってられない。ヤンが先日まで暮らしていた所は、もうないのだから。  ――ヤンは、野盗によって住んでいた場所を追い出されたのだ。  それなら衣食住を手に入れる代わりに、目つきの悪い主人の世話をするなど、自分の命が危険に晒されるより遥かにマシだ。ビビリでも、乗りかかった船なら最後まで乗り切ってやる、とヤンは意気込む。  そのためにはまず、主人であるレックスに認めてもらい、騎士として一人前になることだ。 「……よし」  とにかく、やれることを一生懸命やろう、とヤンは前を行く二人を小走りで追いかけた。

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