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第5話 ひよっ子、モテる
「よし、これでとりあえずはいいかな」
マネキンよろしくヤンはじっと待っていると、アンセルは満足気に頷いた。一度部屋に戻ったアンセルが持ってきた服を着ただけだが、彼の服とは思えないほど、ヤンにピッタリだったのだ。まさかアンセルは、小さい服を着るのが趣味なのだろうか、と変なことを思ってしまい、着た服をまじまじと見てしまう。
「あの、これは……?」
その服は紺の服で、レックスやアンセルのと似ているが刺繍の色が違った。
「ん? 俺からのプレゼント。というか、うちは代々、王家御用達の仕立て屋でね」
それは親戚の子が着るはずだった服だよ、と言われ、ヤンは裾を握った。もしかしてその子は不幸な目に遭って、着られなかったのかなと思うと、こんな大切なものを自分がもらっていいのかな、なんて思う。
「それが思った以上に成長が早くて、その服を作った頃にはもう大きさが合わなかったんだ」
あははと笑うアンセルに、ヤンは拍子抜けした。ということは、アンセルの親戚も騎士団にいるのだろう。何だ、とホッとして、不幸な話じゃなくてよかったです、と笑うと、アンセルも満足そうに笑う。
「家族経営なの。みんな手芸が得意で何かしら作ってるよ」
そう言ってアンセルは、ヤンが脱いだ服と、大きすぎた服を持ってレックスに渡した。レックスはそのままどこかへ行き、寝室だという扉の向こうに消えてしまう。
「特に妹が作るアクセサリーはね、王都で今流行ってるんだ」
これね、とアンセルは彼の髪をまとめている紐に付いたチャームを見せてくれた。花をモチーフにしたそれはキラキラしていて、こんなに綺麗なものは初めて見る、とヤンは感動する。
「ヤンは、このチャーム好き?」
「はい、綺麗だと思います」
素直にそう返事をすると、アンセルは笑みを深くした。同時にレックスも戻ってきて、寄宿舎と訓練場に行くぞ、と促される。
「城の中は複雑だからな。早く場所を覚えてくれ」
「はいっ」
ヤンは軽い足取りでレックスに付いていくと、彼は長い足でスタスタと歩いていく。まるで、付いてこないと置いていくと言わんばかりの速さで、アンセルが「待ってよー」と声を上げてくれた。
◇◇
迷路のような城の中を抜け外に出ると、城壁に沿うように建つ建物があった。その前は広場になっていて、タイミングよく訓練をしている騎士たちがいる。
「あ、レックス様、アンセル様!」
騎士団員たちはレックスたちを見つけると、敬礼した。その表情には一様に敬念が見て取れて、ヤンはこの二人がただ偉いだけでなく、尊敬されている存在なのだと悟る。
「……もしかして、その方が蛇を倒した英雄ですかっ?」
「えっ?」
二人ともすごいなぁ、と思っていたところに、いきなり注目されて、ヤンは戸惑った。その間にわらわらと団員たちが集まってくる。
「すごい! あのしつこかった蛇を倒したのが、こんなにかわいらしい方だなんて!」
「お名前は!?」
「ぜひ今度手合わせを……!」
ヤンは大いに困った。自分の背格好を見れば、大半はこれが英雄だとは信じないだろうと思っていたのだ。しかも武術の嗜みもなければ、一般市民が持っているであろう常識すら知らない。いつまで誤魔化せるかと思っていたが、ここでもう化けの皮が剥がれそうだ。
「あ、あのっ、僕は全然……剣を持ったことも……っ」
「ゲホン!」
ヤンがこれはもうダメだ、と真実を語ろうとした時、レックスがむせる。それで一気に団員たちは静かになり、視線は彼に集中した。
「……騎士たるもの、騒いで根掘り葉掘り聞こうとするとは……よっぽど俺と手合わせしたいらしいな?」
それを聞いた団員たちは、一気に青ざめた。そして蜘蛛の子を散らすように戻り、再び訓練を始める。
今のは、もしかして助けてくれたのだろうか、とヤンはレックスを見上げる。そもそも、見た目からして頼りないヤンが、どうやって蛇を倒したのか聞いてこないことも不思議だった。
(まさか、気付いてる?)
ヤンがそう思っていると、レックスは団員を黙らせた時以上に険しい顔でこちらを見下ろす。
「お前は……英雄なら英雄らしく堂々としていろと言っただろう」
「すっ、すみませぇん……!」
だとしたら、どうして騎士とは程遠い自分をここに置いておくのか、分からなかった。ハリアは何を考えて、ヤンをレックスの従騎士にしたのだろう?
(僕が考えても無駄なことだ)
まともな生活すらしていなかった自分が、国を統べる王の考えなど分かるはずがない。それならやはり、自分は名ばかりの英雄ではなく、本物の英雄に近付かなければ。
「ふふ、レックスも気が気じゃないんだね」
先を歩くレックスに付いていくと、アンセルがコソッと耳打ちをしてきた。これまで英雄としての立ち振る舞いなど、できていないに等しいからヤンは苦笑する。
「それは僕が至らないせいで心配をかけてるんですよね? 頑張ります」
時間が経てば経つほど、この場から逃げられなくなるのは自分でも分かっていた。けれど、何度も思うがもう戻る場所はないのだ。レックスに睨まれる度、心が折れそうになるけれど、やるしかないと思う。
すると、アンセルは苦笑いして頭を撫でてきた。それにはからかうニュアンスはなく、優しい手つきにヤンは、何もかも投げ出して身を委ねたくなる。
「お前ら、何やってる!?」
レックスの怒鳴り声が聞こえた。反射的に肩を震わせたヤンに、アンセルは綺麗に微笑んで言う。
「大丈夫。きみは立派な従騎士になれるよ」
ほら行こう、と促され、ヤンはアンセルとレックスの後を追った。
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