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第6話 ひよっ子、お気に入りになる
レックスの歩く速度は、速い。長い足で大股で進んでいくから、四十センチの身長差があるヤンは、小走りで付いていかなくてはならない。
訓練場そばの建物に入ると、そこは確かに寄宿舎と呼ばれるような内装をしていた。大きな食堂に水浴び場、そして就寝するための共同部屋がある。ヤンはそのうちのひとつを寝室だと案内された。
「え、ひとり部屋ですか……?」
決して広くはないが、共同で暮らす建物でひとり部屋なのは、特別扱いされているのはすぐに分かる。ヤンが思わず零した言葉に、レックスは睨みながら「何か問題でも?」と言った。
「い、いえ……。ただ、ひとり寝は慣れていなくて……」
生まれてこのかた、雑魚寝が主だったヤンにとって、ひとり部屋は初めてのことだった。本来の臆病な性格もあって、何かに囲まれていると感じられればいいけれど、と部屋を見渡す。しかし石の段に藁が敷いてあるだけの寝床に、レックスの部屋で見たものとは雲泥の差のチェストがあるだけだ。これでは隠れる場所がない。
すると、レックスはなぜか拳を握って頭を少し傾けそうになっていた。もしかして、癖のお辞儀をしてしまう行動が出そうだったのかな、とヤンはレックスの為にそっとしておくことにする。
「起床は日の出と同じ。起きたら朝食と支度を済ませ、俺の部屋に来て仕事だ」
軽く咳払いをして気を取り直したらしいレックスは、必要なものがあれば遠慮なく言え、と上から睨みつけてくる。出会ってからずっと睨まれているけれど、そんな状態ではとてもじゃないが言えない。
「ちょっとレックス、そんな怖い顔してちゃ言いたいことも言えないって」
ヤンの気持ちを代弁してくれたのはアンセルだ。ねー、と同意を求められてヤンは困っていると、大きなため息をついたレックスは「善処する」と呟いた。いかにも仕方がないという態度に、ヤンはしょんぼりする。
するとギン! と音がしそうな程レックスは強くヤンを睨んだ。ヤンが肩を落としたのが気に食わなかったらしい。ヤンは、ひぃぃ、と頭を抱えてアンセルの後ろに隠れると、このやり取りいつまでやるの、とアンセルは呆れ顔だ。
「す、すみませんっ! か、身体を覆うくらいの布があると助かりますっ」
「分かった」
あとで渡す、と言ったレックスはすぐに踵を返す。アンセルもまたねー、と手をヒラヒラさせて部屋を出ていった。
「……ふう」
しばらく二人が出ていったドアを見つめ、戻ってこないと分かると、ヤンはため息をついてベッドらしい石段に腰掛ける。部屋は薄暗く、小さな窓からは城壁しか見えない。殺風景な風景に、本当にここまで来てしまった、と思う。
体格的にも性格的にも、騎士にはとことん向いていないことは、自分でも自覚している。けれどここまでヤンを突き動かした、たったひとつの感情が、もう退くなと訴えるのだ。
するとドアがノックされる。レックスに頼んだものが来たにしては早いな、とドアをそっと開けると、ドアを勢いよく開けられ、わらわらとたくさんのひとが入ってきた。何だ何だ、とヤンはあとじさる。
「貴方が蛇を討ち取ったっていう英雄ですか!? すごい! こんなにかわいらしいのによくやった!」
「是非手合わせ願いたい! あ、このあと食事も一緒にどうですか!?」
「いきなりひとり部屋か……。相部屋は臭いから羨ましいです……」
「それはお前が臭いんだろー」
ヤンが戸惑っている間に、入ってきたひとたちはヤンを囲んだ。石段や床に座って、こちらを見てくる視線は、なぜか柔らかい。
「えっと?」
「さっきはレックス様に咎められましたからね。みんなヤンと話がしたいんですよ」
先程訓練場で出会ったひとたちだったのか、とヤンは納得する。レックスには、気を引き締めないと引きずり降ろされると言われた。けれどここにいるひとたちは、少なくともヤンを好意的に見ている。友好的な彼らにヤンは好感を持った。
「あ、えっと! ふつつかものですがよろしくお願いしますっ!」
仲良くしてくれるならありがたい。レックスはずっと睨んでばかりだし、アンセルも立場的に気安く話せる感じではない。聞けばこのひとたちも従騎士らしいので、身分が同じと分かれば話しやすい。
「……」
すると、あれだけ楽しそうにしていた皆が、一度に口を閉じた。ヤンを見つめたまま固まっているので、何か変なことをしたのかと思って慌てる。
「あ、あの……?」
「こちらこそ! 強い上に謙虚とか、さすがレックス様の従騎士だな!」
わあ、と皆が沸いたのでヤンは安心した。背中を叩かれたり肩を組まれたりして、その距離の近さに安心する。元々、こんな風にワイワイした所に住んでいたので、家みたいだ、とヤンは微笑んだ。
「ヤンは笑うともっとかわいらしいですね! これはハリア様やレックス様がお気に召すのも分かる!」
「え、え? 何ですかそれ」
知らないのか? と仲間たちは楽しそうに教えてくれる。
「ハリア様は面食いで、見目麗しい方に地位と領土を分け与えていらっしゃるんだ」
「これはハリア様ご本人のお言葉だぞ」
ヤンはなるほど、と思う。ハリア王国の貴族はみな騎士で、与えられた領土を守っているらしい。そういえば、自分が住んでいた地域の領主も綺麗なひとだったな、とヤンは思った。
「けどほら、蛇の一件で襲われた領土はハリア様に返還されただろ? 次は誰が領主になるのかって話もある」
「辺鄙 なところだからなかなか決まらないらしいですよ」
「……」
彼らに悪気はないとはいえ、逃げて来た場所を辺鄙と言われてヤンは複雑な気持ちになった。確かに王都からは遠いので、豊かな地域ではなかったけれど、と思うが黙っていた方が賢明だろう。
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