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第30話 ひよっ子、話し合う

 レックスの部屋の前でアンセルと別れ、彼はヤンを一度、ソファーの上に座らせた。するとレックスは騎士服のジャケットを脱ぎ、ソファーの背もたれに掛ける。 「あ、あの、……レックス様?」 「どこまで触らせた?」  すり、と頬を撫でられ、ヤンが座る正面に彼はしゃがんだ。その目は鋭く、ヤンは竦みあがる。  けれど、ヤンに触れる手はこれ以上なく優しい。耳を撫でられ身を捩ると、レックスは逃がさない、とでも言うようにヤンの両頬を包んだ。 「な、何も……。騎士服が似合わないからと、脱がされただけです……」 「本当か?」  レックスの短い問いに、ヤンはこくんと頷いた。すると彼は膝立ちになり、ヤンを引き寄せ抱きしめる。 「よかった……心配した……」  ぎゅう、と両腕に力が込められた。心底安堵したような声色に、ヤンは目頭が熱くなる。  よかった、嫌われた訳じゃなかった。彼は本当に、任務中だったから私情を挟まなかっただけなのだと。  だったら、今ヤンの想いを告げたら応えてくれるだろうか。ヤンはレックスの背中に腕を回し、力を込める。 「レックス様……僕はあなたが好きです」  心臓が大きく動いていて痛い。喘ぐように言うと、レックスは小さく息を吐いて頭を撫でてくれた。 「……ああ。でもその前に話をしなければ」 「……え?」  するりと離れたことに、少し寂しいと思いながら、話は告白の事じゃなかったのか、と視線を下げる。すると、主人のベルトループに何かが付いていることに気が付いた。  大小様々なビーズで作られたそれは、ヤンが以前に寝室の前で拾った飾りだ。思わずヤンは声を上げる。 「それ……レックス様のだったんですか?」 「ああ」  そう言ってレックスはヤンの前にしゃがんだ。いつか熱を口に含まれた時と同じ体勢に、ヤンの顔は熱くなる。 「あの時お前が寝室に入ったと思って、焦った」  だからあの時、あんなに怒ったのか、とヤンは納得した。寝室には入るなと言われていたから、見られたくないものがあったり、プライベートを侵された気持ちになったりするからだろうと、彼の怒りを疑問にも思っていなかった。勘違いとはいえレックスを不快にさせたのは事実だし、自分がミスを犯したので、当たり前のことだと。 「今からそれを話す」 「え……?」  どういうことだろう、とヤンは思う。愛の告白ではないのなら、レックスは一体何を話すつもりなのか。 「こっちだ。……寝室へ」  レックスはそう言うと、再びヤンを抱き上げる。寝室のドア前で立ち止まったレックスは、器用にドアを開けた。  そこにあったのは、レックスの身体の大きさに合った大きなベッドとそれに見合った広さの部屋。その脇に小さな本棚があったけれど、それ以外にも物がたくさん置いて……いや、飾ってあった。それは触ればふかふかで、見た目は愛らしく、見るものを楽しませ癒す――。 「ぬいぐるみ……」  しかもヤンはその量の多さに呆然としてしまう。本棚の中も、チェストの上も、窓際も、ベッドの上にも、そこかしこに様々な大きさのぬいぐるみが置いてあったのだ。特にひときわ目を引くのがベッドの上にある、ヤンくらいの大きさはあるクマのぬいぐるみだ。  ヤンはレックスを見上げる。するとレックスは気まずそうに視線を逸らした。もう一度部屋を見渡したヤンは、思わず感想を口に出してしまう。 「ファンシーな部屋ですね……」 「……笑いたければ笑え」  滅相もない、とヤンは両手を振った。強面仏頂面のレックスに、こんなかわいらしい趣味があるとは。  レックスはそのままベッドまで進み、ヤンをそこへ降ろした。そっと大事に降ろされ、落ち着かない心臓がまた、早くなりだす。 「すごく大きなぬいぐるみですね」  ヤンはその心臓を落ち着かせるために、ベッドの上に鎮座しているクマを見た。丸いフォルムで焦げ茶のクマは、つぶらな瞳でヤンたちを見ている。 「ああ。この子たちは、みんなアンセルの子だ」 「ええっ?」  ヤンはレックスの発言に二重の意味で驚いた。軽く数えても百体はありそうなぬいぐるみを、すべてアンセルが作ったとは。そしてレックスはぬいぐるみを「この子たち」と呼ぶのか、と。この調子だと、きっと一体ずつ、名前がありそうだ。  でも、どうしてこの話をしようと思ったのだろう。レックスにとっては重大な話なのかもしれないけれど、ナイルに連れ去られそうな状況下で、話があるとわざわざ言う必要はないよな、とヤンは思う。  すると、クマのぬいぐるみに隠れるように、もう一体ぬいぐるみがあることに気が付いた。視線に気が付いたレックスは、そのぬいぐるみをとってヤンに渡してくれる。  両手に乗る大きさのぬいぐるみは、鳥だった。胴は暗褐色で、赤みが強いオレンジ色の(くちばし)と足がついている。胸から腹にかけて黒と白のまだら模様があり、しっぽはつんとして短い。 「これ、ヤンバルクイナ……ですよね?」 「……ああ。元々ルルという名前だったが、お前に会って、ヤンに変えた」 「……っ」  レックスの発言にヤンは息を詰めた。そしてすべて繋がってしまったのだ。彼がこの部屋に入るなと言った意味、彼がヤンバルクイナのぬいぐるみを持っている意味、そしてそのぬいぐるみがベッドの上にあり、ヤンという名前が付いている意味を。 「それって……」  レックスが隣に座る。ベッドの軋む音が妙に響いて聞こえて、ヤンは彼を見ることができなくなった。顔が熱い。 「……お前の肌は柔らかい。これじゃあ(みな)に触られる、と思った」  そう言って、小さくお辞儀をするレックス。 「実際抱きつかれたり、触られたりしていただろう。あれは俺にとって、危機だと感じた」  そういえば、とヤンは思い返す。ヤンにとってはあの程度の接触は、よくあることだった。なので気にしていなかったが、その度にレックスが眉間に皺を寄せていたのを思い出したのだ。  あれが普通じゃないと気付いた時、無自覚だと言われたことにも納得して、顔から火を噴きそうになる。 「つまりだな……男中心の城の中で、お前は目立つんだ」 「すみません、出過ぎた真似を……」 「いや違う。……そうじゃない……」  もしかして、村でやっていた素振りが、自覚がないまま出てしまっていたのでは、とヤンは心配した。相手を惹き付けるのが仕事だったヤンは、無意識下でその技が出せるほど、身についている。  しかしレックスはそれを否定し、頭を下げた。お辞儀かな、と思ったら彼は俯いたまま、「正直に、正直にだ」と呟いている。 「レックス様?」  ヤンはなぜか心臓が高鳴るのを感じた。

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