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第31話 ひよっ子、告白される

 レックスはヤンの両肩を掴む。顔を上げた彼は、険しい目でこちらを見ていた。  不思議なことに、今までもこんな表情を見ていたにも関わらず、怖いと思うどころかさらにドキドキしてしまう。まるでレックスの緊張が、自分に伝染しているようだ、とヤンは拳を握る。 (というか、レックス様が緊張してる?)  彼でもそんなことがあるんだ、とヤンは妙に親近感を覚えた。いつも騎士の模範であろうとし、冷静沈着で紳士な騎士団長も、緊張するのだと。  ――このひとも、普通なんだ、と。  ヤンはレックスの金の瞳を見つめた。彼も、ヤンを険しい顔だけれど見ていてくれる。 「俺の、(つがい)になってくれないか?」  ギリ、と肩の手に力が込められた。さらにこちらを睨むように見たレックスに、ヤンはなぜか心臓が爆発するほど跳ね上がる。  はたから見れば、どう考えたって脅されているようなシチュエーションで、スマートな告白とは程遠い。けれどヤンにはそれが新鮮に映ったし、何よりレックスの懸命さが伝わってきたのだ。そして、こういうことだけ不器用なレックスが、かわいいとさえ思ってしまう。 「レックス様……」 「お前をひと目見た時から、お辞儀をしないでいるのに苦労している。見ての通り、かわいいものが好きなんだ」  この顔とナリで、かわいいものが好きだって言うと、大抵引かれるから内緒にしている、と彼は言う。  だからか、とヤンは納得する。出会った頃、不本意そうにお辞儀をしていたのは、求愛行動を止めるのに必死だったのだ。最初から、彼は行動で示してくれていた。――最初から、好かれていた。 「ハリア様の命令で従騎士にされただろう? あのひとは俺の好みを把握しているから……アンセルも俺の趣味を知っている」 「うわぁ……」  ヤンは思わず視線を逸らす。ハリアにお膳立てされて、絶対気に入ってしまうからヤンを外して欲しい、と何度かお願いしたそうだ。するとハリアは、「じゃあ、クリスタ嬢と結婚するか?」と聞いてきたらしい。  結婚適齢期で浮いた話がなかったレックスは、政略結婚の格好の的だったようだ。候補に上がった令嬢はみな、何がなんでもという気概を隠そうともせず、レックスはそれに疲れていた。でもクリスタだけがレックスにあまり興味がなく、情がなくても彼女となら暮らせそうだ、と思っていたらしい。 「けれどお前に会ってから、お前が俺以外と仲良くしているのが我慢ならなくて……」 「わ、分かりましたっ、もういいですっ!」  ヤンは恥ずかし過ぎて、思わずレックスの手を払う。大人しく彼の手は離れたけれど、視線はずっとヤンから外さないままだ。  今まで、ヤンが出来損ないだから、ずっとそばにいて監視されているのかと思っていた。でもそれはある意味逆で、ヤンに近付く者を牽制していたのではと思ったら、いたたまれなさに涙が滲む。  レックスに、呆れられていると思っていた。ちゃんと認められるように尽くしても、空回りするばかりで悔しかった。  けれどやっぱり、このひとはちゃんと見ていてくれたのだ。 「だって僕……レックス様に釣り合う器じゃないです……元々卑しい身分だった訳ですし……っ」 「今後、釣り合う身分になるじゃないか。そのためのハリア様のご采配だ」 「……っ」  ヤンは思わずレックスを見上げた。  ――まさか。まさかハリアもヤンの気持ちを汲んで、ヤンを騎士に昇格させたというのか。謁見の間でわざわざ周知させたことも、ハリアが認めたことだから、文句を言うなという牽制だったと? 「で、でも……クリスタ様は……?」  城に帰ったら想いを伝えると決めていたはずなのに、口から出てくるのは心配という名の戸惑いだ。恋なんて初めてだし、レックスの真っ直ぐな言葉に心臓がドキドキして落ち着かない。 「彼女は、それが真実の愛なら仕方ないと」 「……まさか」  ヤンが呟くと、レックスは頷いた。 「すでに彼女にはヤンのことを伝えてある」  ヤンは言葉をなくした。それは、今までにない嬉しさによる感動だ。  村にいた頃に散々言われた美辞麗句より、ぎこちなくても、一生懸命伝えてくれるレックスの言葉の方が、比べ物にならない程嬉しい。上っ面の甘言蜜語(かんげんみつご)より、真っ直ぐ心配したと怒られる方がいい。  だってそこには、愛があるから。 「お前の出自を考えると、すべて方が付いて心身ともに落ち着いてからがいいと思った。けど……」  ヤンの双眸から、はらはらと涙が落ちていく。 「行く先々でお前は声を掛けられるし、これは近いうちに実力行使に出る奴もいそうだ、とアンセルとも話していた」  だから、名実ともに俺のパートナーになればいい、とレックスは言う。 「だから、俺と(つがい)になってくれ」  ――このひとは、ヤンの過去もすべて受け入れる覚悟でいてくれる、と感じた。それが嬉しいと思う日が来るなんて、考えてもいなかった。  レンシスと客の機嫌を取る毎日が、嫌だったという言葉で片付けられるはずがないのだ。だってヤンは、生きるためにそうするしかなかったのだから。  でもそれさえ、レックスは分かった上で番になりたいと言ってくれている。嬉しくて嬉しくて……涙が止まらなかった。 「――はい……、はい……っ」  ヤンは嗚咽を堪えて泣いた。レックスの逞しい腕がヤンを包み、その力強さにやっぱり自分の居場所はここなんだ、と感じる。  そしてここにきて、すべてを許された気がした。村が襲われたことも、『家族』が殺されたことも、ナイルの処分も、ヤンのせいじゃないと。  止まらない涙を、レックスは袖で拭ってくれる。その優しさに胸が熱くなって、また泣けた。 「レックス様……好きです……っ」 「ああ、俺もだ。最初から……」  レックスはそう言って、ヤンの顎に触れ、指で上げた。

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