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第34話 ひよっ子、撫でられる★

 初めて、しっかりとキスをするな、とヤンはそんなことを思う。  レックスは半身を起こして、ヤンの唇を優しく啄み、目尻に溜まった涙を拭ってくれた。 「お前の赤い目は、潤むとキラキラして見える」  宝石みたいだ、と指先でそっと頬を撫でられ、くすぐったくて肩を竦める。言葉や仕草からも、自分を慈しんでいるのが分かって、明らかに今までの客とは違うと、それだけで分かる。  情を持って触れられると、こうも胸が熱くなるのか、とヤンは感動した。 「レックス様……」 「……どうした?」 「前、……僕に触れてくれた時は、こんなに優しくなかったです……」  顔が熱くなるのを自覚しながら聞いてみると、彼は苦笑する。 「あれで()()()回復しつつあると喜んだんだ。自制しないと、せっかく治ってきていたのに無駄になる、と思ってな」 「……治る、ですか?」  思いもよらない発言にヤンは首を傾げると、レックスは頷いた。 「自覚がなかったか。痩せていて、目だけがギラギラしていた。追い詰められたものの目だと、俺もハリア様も一瞬で気付いた」  確かに、城で暮らせなければ路頭に迷うから、この道しかない、と思ってはいた。けれどそこまで分かっていたとは。どうりで、ヤンの出自も調べていたはずだ、と思う。  そうなるとあの時、レックスはヤンを傷付けないために、敢えて処理として触れていた、ということなのだろう。 「もちろん、今からはたっぷりかわいがる予定だ」 「……っ、ん」  くい、と顎を掬われリップ音を立て、レックスがキスをくれる。カサカサだった唇も柔らかくなったな、と囁かれ、その声音に腰がゾクリとした。 「ずっと触れたかった……」  熱っぽい言葉とは裏腹に、触れる手はどこまでも優しい。村にいた頃の客はそう言って、ヤンの身体で遠慮なく弄んだ。こういった違いでも、相手が色欲だけで動いているのか、思いやりがあるのかが分かって落ち着かない。 「れ、レックス様? それなら、好きに触っていいんですよ?」  さわさわと身体を這う手がどこか遠慮がちに思えて、ヤンは思わずそう言う。触りたいなら思う存分触ればいい、レックスの気が済むようにすればいいと。  けれどレックスは眉間に皺を寄せた。 「俺の出した条件の意味が、よく分かってないようだな」 「で、でもっ、……それでレックス様の気が済むならって……っ」  どうしてかレックスは機嫌を損ねてしまったようだ。分かった、と短く言うと、ヤンに座るよう指示する。ヤンは言う通りベッドの上に座ると、レックスが後ろから抱きしめてきた。 「気が済むまで触ってやるから覚悟しておけ」 「は、はい……っ」  少し怒気を孕んだ声に、ヤンはなぜか安心した。よかった、これでレックスがスッキリするのなら、自分も嬉しい。彼に触れないのは残念だけど、そういう性癖の客もいないわけじゃなかったから、レックスもそれなのだろう、と勝手に解釈した。  大きな手がヤンの細い身体を撫でている。それは、形を確かめるような触り方で、性的なニュアンスはまだない。 (大きな手だなぁ……)  騎士に相応しい、力強さを感じる手だ。こうして抱きしめられていると、改めてレックスとの体格差を感じさせられる。ヤンはすっぽりとレックスの腕の中にいて、それでも彼の頭はヤンの頭の上だ。 「小さくてかわいい……」 「……っ!?」  ポツリと呟いたレックスの発言にドキリとする。お互い同じようなことを考えていたらしく、なぜかそれが恥ずかしくなった。  これが客だったなら、しなだれて「ありがとうございます」などと言ってのけるのに、ヤンの身体は硬直してしまう。  そしてそんなヤンの肩を、宥めるように撫でたレックスは、そこからするするとヤンの足まで撫でていく。太ももの内側に手を掛けられ、足を大きく開かされた。 「細い足だ」  そのままヤンは膝を立てさせられ、後ろのレックスに凭れるように言われる。寝間着を着ているとはいえ、薄い布地でヤンの股間の膨らみが分かりやすくなり、真面目な顔をしてこんな恥ずかしい格好をさせるとは、レックスも変わった癖があるなと戸惑った。 「あの、レックス様……?」 「何だ」 「……さすがに恥ずかしいです……」 「……だろうな」  確信犯だった、とヤンはますます恥ずかしくなる。しかも彼は太ももの付け根や、下腹の際どい所を撫でてきて、期待した身体はすぐに反応してしまった。しかしレックスはそこには触らず、鼠径部を撫でながら頭にキスを落としてくる。  こんな触り方をするひとは初めてだ。いつもなら、相手の目的はヤンの下半身の前か後ろかで、胸も触れば丁寧な方だった。即物的なセックスに慣れている身体には、レックスの触り方は焦れったい。 「レックス様……」  自分から出た声が、少し上擦っていて驚いた。触れられてもいないのに熱くなっていく下半身は、ヒクヒクと震えているのが布越しでも分かる。  するとレックスは、撫でるのを止めてまた両腕で抱きしめてくる。先に進まないことに不安を覚えたヤンは、彼を振り返ろうとした。けれど腕の力が強まり、動くことすらかなわない。 「レックス様……?」 「かわいい……」  ちゅっ、と耳にキスをされ、大袈裟に肩が震える。こんなところが感じるとは思わず狼狽えていると、心得たようにそこに噛みつかれ、息を詰めた。 「……っ」 「感じやすいんだな……」  そんなこと、自分でも初めて知った、とヤンは思う。こんな愛撫は初めてだし、いつもは感じられるようになってきた時には、客は達していたから。むしろ自分は鈍感なのかな、と思っていたくらいだ。  ――だから、落ち着かない。  はしたなく愛撫をねだってしまいそうで……見苦しく快感を求めてしまいそうで嫌だ。  そんな自分を見て、レックスはどう思うだろうか。呆れられたりしないだろうか。こんな淫乱、騎士には相応しくないと言うだろうか。 「……嫌か?」  耳に直接囁かれた言葉に、ヤンはヒヤリとする。そして、レックスが出した条件の本当の意味も悟ってしまった。  ヤンが、情が通う性交に慣れていないからこその、条件なのだと。そしてレックスは、ヤンがいま、戸惑っていることも察している。 「……他人にすべてゆだねるのは怖いだろう。だが、(つがい)がする性交はその上で成り立つ」  耳に唇を当てたまま、レックスは囁く。その単語ひとつひとつは冷静に一般論を説いただけだけれど、声音にはしっかりと情感が乗っていた。 「お前はもう少し、俺に甘やかされることに慣れて欲しい」 「で、でも……っ、僕はレックス様にお世話になりっぱなしで……」 「ヤン」  反論しようとしたヤンの唇は、一文字に結ばれた。レックスがヤンの耳たぶを食み、脇腹や胸を撫でてきたからだ。臍の上を円を描くように指先で撫でられ、くすぐったさとはまた違う感覚に、ヤンは唇を噛み締める。 「俺が、お前に危害を加えたことがあったか?」  ヤンは頭をふるふると振った。そんなこと、一度だってない。……今だって、触れる手は焦れるほど優しい。 「無理なら止めよう。そもそも、こんなにすぐにできるとは思っていなかったから」 「……っ、でも……!」  ヤンは思わず振り返る。見上げるとレックスは落ち着いた表情でこちらを見ていた。

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