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第8話

どこに行っても、そのニュースは流れている。「戦慄の猟奇殺人事件」。  自宅の地下室に、自分が殺した死体を好きな様に着飾らせてロウ人形みたいにディスプレイしていたという、二十三歳の天涯孤独な殺人犯。発見時、被害者達はロウが溶けたか何かで、腐敗臭とその惨劇は相当に凄まじいものだったらしい。 更に、被害者が全員男で、性的暴行が行われた後に殺されているところから、昔アメリカ中を震撼させた「農場の殺人鬼:ジョン・ゲイシーの再来」みたいに騒がれている。  犠牲者の数、実に十三人。その内の一人を選んで、犯人はそいつと自分の手首を手錠で繋ぎ、寝室で変死していたらしい。  一部骨が露出する程、狂った様に自分の胸を掻きむしった死に方。死体と自分を繋いだ犯人の心理状態。展開されていたらしい、コスプレさせられた犠牲者達の姿の想像。  世間の興味は尽きないらしく、第一発見者である、犯人を定期的に往診していたという老人の医者を、報道陣はいつ迄も追いかけ回していた。  カメラを避けて無言を貫く老人医者の診療所から自宅迄、唯一犯人と直接の接触を持っていた老人にかける報道陣の執着は、凄まじいものだった。  つつきどころ満載の事件、らしかった。幼い頃に両親を亡くして、高校には通わず、通信教育の勉強のみで並みならぬ成績を出してしまう、滅多に豪邸を出なかった犯人。享楽の殺人を行い地下室に飾る相手を見付け、見定める為だけの外出。  判明した犠牲者の極一部だけ公表された情報から分析した傾向と、一部明らかな生い立ちから、犯人の人物像をそれらしく推測して、報道はしばらくその話題に集中していくらしかった。――俺に辿り着くのも時間の問題かもな、と健吾は苦々しく思ったりしている。  事件の内容が内容なだけに、犯人の個人情報は元より、犠牲者の名前や各々の個人情報の方が先にネットに流れ流れていた。どこで調べるのか、ものすごく細かい情報がそこには溢れていた。恐ろし過ぎる時代だ。  そうやって手に入ってしまった情報を、健吾もちらりと見てしまった。……見なきゃ良かったと強く後悔するのと、見て良かったと思うのと。興味本位の他人とは全く思いの違う感想を、健吾は胸に仕舞う羽目になったのだ。  犠牲者の中に、自分の母親違いの義理の弟に当たる人間がいた。一人なら無視も出来る、なのに二人もだ。  しかも、犯人に最後に選ばれた「名誉な犠牲者」がその一人だ。ネットの裏情報で顔写真を見る迄、そんな存在すら記憶から消えていたのに。昔、自分に接触を持とうとしたらしい人物。  ……健吾は父親を軽蔑していた。次々に女を孕ませては捨て、そこら辺に救いのない健吾の様な子供を四人も産み出した、犬畜生にも劣る野獣。  早くに家を出て、父親との関係は絶ったつもりだった。なのに、県外に出た健吾に縋る様に母親は現れ、あなたの弟や妹達は何歳になったのよ、などと写真を手に聞きたくもない情報を落としていった。全て耳を素通りして、母が何を告げたかなど一つも覚えてはいないが。  戸籍上の名前を捨て、特定の家にも住まず、それはすなわち真っ当な仕事に就く自由を失う事ではあったが、健吾は敢えてその中でも底辺の道を――ヤクザの組員として生きる道を選んだ。憎らしい父親のせいで。どこに逃げようが居場所を探し当て、縋り寄ってくる母親のせいで。  やれあなたの義理の妹が死んだ、父親が死んだ、と騒ぎ立てる母親に、我慢も限界だった。組にいても手に入れる事は困難な高純度のヤクを、密かに横流しして手に入れ、精神安定剤替わりに与えてやった。やっと静かになった母親を地元の障害者福祉施設に放り込み、健吾は取り戻した静寂を噛み締めていた。  そんな時に、一度だけそいつは現れた。今ニュースで犯人の次に多くその存在が口に出される、名誉なそいつ。戸籍上の、健吾の義理の二番目の弟。  何しに来やがったのか、声を掛けてはこなかった。着ていたのは学生服、高校生に見えた。  だけど、深い闇が見えた。健吾以上に荒んだ感じに、敵意に満ちた暗い闇。  遠くから健吾を睨むだけ睨んで、そいつは去って行った。何かされるかとしばらくは警戒していたが、結局何も起きはしなかった。  それから少しして、施設の母親が病死したと知らせが届いた。気付かぬふりでやり過ごしていたら、誰か親切な野郎が葬儀を取り仕切ってくれたらしい。健吾の義理のすぐ下の弟らしいと、遠い噂に聞いた。どんな恐ろしい偶然なのか、そいつがまた、今回の事件で犠牲になった一人に当たるのだ。  ――皆同じ名前に縛られた、同じ父親の血の流れる三人。いくら名前を変えようと、住む場所を移そうと、逃れられない不気味な呪縛が、何かそこにはあるらしい。  ニュースの報道が、活気づいた。犠牲者の中の「結城 春都(ゆうき はると)」と名誉な犠牲者である「神坂 波留斗(こうさか はると)」が義兄弟である事を、記者が嗅ぎ付けたのだ。AさんBさんと伏せられ、実名こそ出されてはいないが、こういう下世話な関係性は、世間が最も飛び付きつつき回す所だから。  「一番目の晴人(はると)」である自分が探し出され、記者に取り囲まれる日も近いかも知れない。母親に覚醒剤を吸わせて廃人にし、捨てる様に施設に入れ、亡くなっても葬儀すら知らぬ顔で過ごそうとした、偽名で裏社会に生きる健吾の事をも世間は面白おかしく取り上げるのだろう。  まあ最も、と健吾はくらく笑う。母親に使う為に裏でこっそり横領していたヤクは、恐らく百万は下らないだろう。それがバレて組に消される方が、記者に囲まれるよりも早いかも知れない。  ……だったら父親をこの手で殺して捕まってやってた方がまだましだったかもな、と「元はると」だった男は笑う。死刑執行迄臭いメシを食い続け、世間や母親から隔絶された環境で限りある生を生きていた方が、俺の誇りの為に。  考えて、何気なく目線を向けた車用のミラーに、電信柱の陰に潜んで立つ、顔を知った組員の姿が映っているのが見えた。余り公けには姿を見せない、暗殺専門の人物――ただ健吾を尾行しているだけなのか、それとも正に今、健吾を殺すタイミングを図っているのか……  ――振り向いたのは、意図しての事。なけなしのプライド。気付いていた事を知らせる為の。 笑いかけたのを、一瞬で健吾のすぐ側に迫っていた相手はどう捉えただろう。  … … 噂どおりだ。いい仕事するよな。  瞬時に重く降りてきた闇の中、健吾は笑みを保とうとしていた。

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