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第6話

「おい、あんたまさか――」 「あんたと呼ぶなと言ったはずだ。やはりお前は少々頭が悪いようだな」  ユーリウスはそう言うなり怜の腕を引き、ベッドの上に押し倒した。どうやら予感が当たってしまったらしい。 「おい、仮にもあんた、この国の皇太子だろう」 「だからなんだというのだ」 「こっ、皇太子が強姦とか洒落にならないだろ」 「強姦? 私がそんな野蛮なことをすると?」  ユーリウスは憎らしいほどの余裕で「心外だな」と呟くと、傍らのチェストに手を伸ばし小さな瓶を手に取った。琥珀色の液体が入ったそれを、ユーリウスは意味ありげに眼前に翳す。 「な、なんだよ、それ」 「お前が知る必要はない。知ったところで結果が変わるわけではない」  抑揚のない声でそう言うと、ユーリウスは瓶の蓋を開けた。 「おい、何をするつもりだ」 「わからないのか? 状況把握力が皆無だな」  両手を後ろ手に縛られたまま、怜は広いベッドの上を尻でじりじり後ずさる。ベッドを下りようとユーリウスに背を向けた途端、背後から伸びてきた長い腕が首に巻きついた。 「うっ……」  一瞬、息が止まる。逃げ出そうともがいても、体躯で完全に勝るユーリウスに背中からホールドされて身動きが取れない。 「は、なせっ……」  と、次の瞬間、ユーリウスが突然腕の力を緩めた。数秒間の窒息状態から解放された怜は、助かったとばかりに呼吸を再開したのだが。 「……っ」  いつの間にか鼻先に小瓶が突きつけられていた。開けられた口から立ち昇っていた花のような匂いを、怜は肺の奥まで吸い込んでしまった。 「あっ……」  くらりと視界が揺れ、思わずユーリウスに背中を預けてしまう。 「ちゃんと吸い込んだようだな」  頭上でユーリウスの満足げな声がした。 「な、にを……した」 「心配はいらない。ただのヒート誘発剤だ」 「なっ……」  怜は極限まで目を見開き固まった。 「未来の妃に手荒な真似はしたくないからな。お前の方から私を求めるように仕向けたまでだ」  十分手荒だろと怒鳴る前に、ユーリウスの大きな手のひらに顎を掴まれた。 「ヒートに陥ったホワイトオメガは、ブルーアルファの求めを拒むことはできない。その真実を今から身をもって教えてやる」 「そんな戯言、誰が信じるっていうんだ」 「お前が認めようと認めまいと、それが私たちの運命なのだ」  何が運命だ。激しい怒りが込み上げてくる。 「我がネイオール王国の技術の粋を結集して開発・製造され自慢の薬だ。安全で強力、そして即効性がある――そろそろ効き目が表れる頃だが」  ユーリウスの台詞が終わる前に、怜の身体に異変が生じた。 「あ……っ……」  身体の芯が痺れるように熱い。  覚えのある感覚だが、いつものそれとは比べものにならないほど急速で強烈だった。 「はっ……あぁ……」  意図せず呼吸が荒くなる。  ――これが、ヒート……。  怜に初めてのヒートが訪れたのは中学三年生の時だった。ある日突然風邪のようなダルさに襲われ学校を早退した。部屋でぐったりしていると、次第に下半身がじくじくと疼き出した。  自分がオメガであることや、思春期以降数ヶ月に一度ヒートと呼ばれる発情期が訪れることなど、十五歳の怜はすでに第二の性についての知識を持ち合わせていた。あらかじめ医師から処方されていたオメガ用抑制剤を飲むと、症状は徐々に収まっていった。  それからというもの、怜はヒートの兆候が表れる前に先んじて抑制剤を服用することにしている。抑制剤なしでヒートに襲われるのは、これが初めてのことだった。 「ああ……っ……くっ……」  腰の奥で生まれたマグマのような熱が、鼓動に合わせるようにずくん、ずくんと強さを増してくる。まるで後孔を突かれるような感覚に、怜は身体を震わせた。 「効いてきたようだな」  殴ってやりたいと思うのに身体が言うことをきかない。それどころかユーリウスと接している皮膚がじんじんと熱くなってくる。服の生地を通してイケナイ何かが皮膚に沁み込んでくるようだった。 「やっ……あぁ……」 「なんていい匂いなんだ」  ユーリウスは怜の頸筋に鼻先を擦りつけた。オメガの頸筋にはフェロモンを放つ分泌腺があるのだ。ひどく動物的な仕草なのに、なぜか不快感はなかった。それどころか匂いを嗅がれていると気づいた途端、身体の芯がどろりと溶け出すような気がした。  ――溶かされたい。今すぐに。どろどろにして……。  理不尽な仕打ちへの怒りは、ヒートのもたらす灼熱のような欲望に諾々と呑み込まれていく。 「ああぁ……早、くっ……」  自分が発したとは信じられない、甘ったるい声だった。思わず口を突いた台詞にユーリウスの喉がゴクリと音を立てた。 「望むところだ」  ユーリウスは低く囁くと、怜の拘束を解いた。

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