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第54話 一般人 ーノーベン・アルーバー

「………え?」     「聞こえませんでしたか?」 「いや、あの、そんなすぐに秘密を言ってもいいのかなって…」 ボクはエイプ・フリーレル男爵の魔道士執務室にきている。 神子様が男であるのにもかかわらず、何故子供が産めるかと質問をしたら、フリーレルの意外な対応に呆然と立ち尽くしてしまった。 「私が『聖なる乙女の儀式』を行い、神子様のお身体の中に術式を書き込んで子宮を作りました。だから子を宿せるんです。ご理解いただけましたか?」 さらっと神子様の秘密を喋ってくれる。 脅してでも聞き出してやるつもりだったのに拍子抜けしてしまった。 「なぜ驚いているのです。貴方は勇者ですから話しても問題ないでしょう? 疑問が解消されたのならお帰り下さい。私は討伐中の仕事が溜まっていて忙しいのです」 フリーレルは書類に視線を戻し、羽ペンでサインを書き始めた。 「魔法で産めるようにしたのか」 「そうです」 神子様の身体が魔法で作られた身体だとしたら、ディッセンも同じ事をすれば子供が産めるはずだ。 「あのさフリーレル、頼みたいことがあるんだ」 「なんですか?手短にお願いします」 「ボクの妻に『聖なる乙女の儀式』を行って欲しい。金はいくらでも出すから頼むよ」 フリーレルは驚いてペンを止め、顔を上げた。 「? 貴方の奥様にですか? なんでそんな事しなくてはいけないんですか?」 「俺の子供を産ませたいんだ」 「?? 要領を得ません。そんな事しなくても産ませればいいじゃないですか」 フリーレルは一つため息をつき、また書類にペンを走らせる。 「産ませられないからお前に頼んでいるんだ」 「!…男性なんですね?誰なんですか?」 「ディッセン・アルーバ、兄様だ」 「!………なるほど、やはりそうでしたか」 ペンを置くとフリーレルはボクを真っ直ぐに見る。 「やはりって何だよ」 「わかりやすいんですよ。彼の傍にくる全ての女性に嫉妬していたでしょう。まさかとは思っていたのですが。ああ、本当にご結婚されたんですね」 「え?」 「結婚指輪、よくお似合いです。ご結婚おめでとうございます」 改めて言われて恥ずかしいやら照れくさいやらで顔を背けて礼を言う。 「ふ、ふん。祝いの言葉有難う。………本当は王になれたら男同士でも兄弟でも結婚出来るって法律を変えるつもりだったんだ。だけど、この順番では王にはなれそうにないからな。ボクはディッセンと子供と幸せに暮らしたいんだ」 「!? それは貴方が国王になることを放棄したと解釈して宜しいのですか?」 「ああ、そうだ。だから『聖なる乙女の儀式』をディッセンにして欲しいんだ」 俺の必死の願いにフリーレルの眉間に皺が寄る。 「うーん、それには問題があります」 「問題ってなんだ」 「貴方のお兄様は神子様ではなくて一般人だからです。儀式を行っても成功するかわかりません。それでも行いますか?」 「嫌だ!どんなことをしても成功させてくれ」 「簡単に言ってくれますね。神子様は異世界のお方です。1000年前の古文書にも成功例が書いてありますが、一般人にこの儀式を施した事例がないのです。必ず成功出来るとはお約束出来ません。失敗した場合について何も書いてないのは儀式を行なっていないということです。失敗したとき ディッセンがどうなるかわかりません」 「!…失敗なんてするはずないじゃないか、お前は大魔道士エイプ・フリーレルなんだろう!」 「私だって普通の人間なんです。完璧じゃありません。危険ですのでお二人でよく話し合ってから決めて下さい」 「…わかった…」 ボクは重い足取りでフリーレルの執務室から出て数歩進むと、その場から動けなくて立ち止まってしまった。 ディッセンが危険に晒されるのは嫌だ。

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