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第60話 抱きしめるために ーセプター・バンテールー

ああ、とうとう夜が明けてしまった。 今日から魔法学園に行かなくてはならないなんて憂鬱だ。 リーフのそばから離れたくない。 魔物討伐のためになぜあの神子様と密契の儀式などしなくてはいけないんだ。 いくら力を得るためとは言え好きでもない相手と密契の儀式をするなどと、他の勇者のように俺は割り切れない。 それに 望みが少ないとは言え、儀式をしたらリーフを愛する資格を完全に失ってしまうじゃないか。 リーフは婚約者以外の者と契を交わすことは許されないという純潔を重んじる村で生まれた。 婚約者に操を立てているリーフは村から遠く離れたこの地でもそれを固く守っている。 不本意な場合でも他者と契ったら命で償うという掟がある。 俺の手で無理に手折って自分の物に出来たとしても、それは一時いっときのことでリーフは命を絶ってしまう。 今は神子様の秘密を漏らさないためという名目で、この屋敷に閉じ込めているが魔物討伐が終わり世界が平和になったらリーフを村に返さなくてはいけない。 嫌だ。 ここに残って、ずっと俺の傍で笑っていて欲しい。 リーフに土下座でも何でもしてここにいてもらうように頼み込むか? 俺に同情してここにいてくれるかもしれない…。 『いいですよ。俺の奥さんと一緒に住み込みになりますけど良いですか?』 ガシャンッ!!と凄い音を立てて窓ガラスに頭をぶつけて割った。 言う………言うな~……リーフなら絶対に言う。 自分の想像の中のリーフの言葉にダメージを受ける。 望みが薄くてもリーフの恋愛対象の条件から外れないように神子様との祝福と密契の儀式だけは絶対に避けてみせるぞ。 リーフの理想の恋人に少しでも近づけるだけでも満足だ。 このままずっと屋敷にいたら情が移って もしかしたら俺のことを好きになってくれるかもしれない。 でも勇者の義務、密契の儀式を受けないと言ったらリーフは……… 『駄目ですよ、旦那様。無事に帰ってこれなくなるじゃないですか。絶対に祝福と密契の儀式を受けてきて下さい。死んじゃいますよ!!』 「わああああっ!! これも絶対に言うーーー!」 想像のリーフの言葉に頭を抱える。 俺を心配しての言葉だと思うが、『恋愛対象外』と言われているようで凄く傷つく。 確かに俺は男で婚約者でもなんでもない……なんで俺はリーフと同じ村に生まれなかったんだろう。 男でも女でもリーフを他の奴に取られてしまうのは嫌だっ!! 可愛い控えめな音でノックされてドアが開いた。 「失礼します。おはようございます。旦那様………え!もう起きていらっしゃるんですか」 「リーフ、おはよう…」 振り向くとリーフはギョッと驚いて駆け寄ってきた。 「どうしたんですか旦那様、額から血が出てますよ!何をなさっていたんですか?まさか寝てないんですか」 「そうだ、眠れなかった」 「だからって怪我を放置しないで下さい」 リーフはハンカチを取り出して俺の額を抑えて血を止めている。 「ハーマンさんに消毒を貰ってきま…」 「待てリーフ」 「はい」 「…少しだけ…少しだけでいい…………抱きしめてもいいか?」 リーフはびっくりした顔してから、すぐにニッコリと笑って自分から抱きついてきてくれた。 「旦那様、討伐に行かれるのが不安なんですか?大丈夫ですよ、必ず大成功を収めてご帰還されます。俺が保証します」 「うん、有難うリーフ」 腕の中にすっぽりと収まる小さなリーフが、俺を抱きしめながら背中を擦って元気づけてくれる。 それだけでとても幸せな気持ちになる。 「大丈夫です。俺達みんな旦那様が無事に帰ってくることをお祈りしてますから」 「リーフ、俺の討伐中にいなくならないか?」 「はい、レモネードを用意して待ってます」 良かった。それが一番心配だった。 リーフが待っていてくれる。それだけで安心する。 「あ、大変だ。ちゃんとした手当と支度はハーマンさんにお願いしますから そのまま止血して下さいね」 リーフは風に舞う木の葉のようにくるりと俺の腕をすり抜けて出て行った。 俺は絶対に生きて戻ってくる。 またリーフを抱きしめるために。

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