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第91話 知っている ーセプター・バンテールー
鬱陶うっとうしいほど世話を焼いていたガストーが 少しだけ出かけてくると言い、医者を置いていなくなった。
その医者も急患が出たと、呼びに来たオークト様と入れ替わった。
どうやら俺は完全に監視されているようだ。
昼になるとメイドが食べもしない昼食を持ってきてテーブルの上に並べて帰っていく。
「バ、バンテール様、ち、昼食が届きました。お、お身体のために一口だけでも召し上がって下さい」
ソファーで横になったまま首を横に振って食事を拒否する。
「こ、このトマトのスープ、す、すごくおいしいですよ………た、食べて下さい」
なんとか食べさせようとオークト様が声をかけてくるが全て拒否した。
………早く………消えたい………。
しばらくするとカタンとバルコニーのガラス戸が開く音が聞こえた。
窓から出入りするやつは一人しかいない。
「お、おかえりなさいませ。サ、サオマ様。と、特にかわりはありませんでした」
「そうですか、オークト様 有難うございました。後は俺がやります。あ、これお礼です。お一つどうぞ」
「あ、有難うございます」
オークト様が出ていかれるとテーブルを挟んで向かい側に座り、ソファーにだらりと寝転んでいる俺に優しく話しかけてくる。
「ただいまセプター。昼食は食べたのか?」
「………」
テーブルの上に並べられた食事を見れば、手を付けていないとわかっているくせに………
「あまり食べてなさそうだな。でもこれなら絶対気に入るはずだ」
ごそごそと 籠 バスケットと布の擦れる音
それからカチャカチャとガラスがぶつかる音がする。
テーブルの上にそれらを並べているようだが興味はない。
すると、ポンッとボトルのコルク栓を抜く音と、グラスにトクトクと何かを注ぐ音が聞こえるのと同時に爽やかな香りが鼻をかすめる。
この香りはまさか…
起き上がってテーブルの上を見ると夢にまで見た、あのレモネードが目の前にある。
「これなら飲むだろう?」
グラスの端にスライスしたレモンを添えて、あの日ガストーと二人で飲んだ時と同じものが目の前に差し出された。
「これは、…レモネード…取りに行ったのか?」
「そうだ」
ガストーはもう一つのグラスにも同じように注いで飾りつけを終えてに俺に見せる。
「ほら上手に出来た。お前がここで食べないのは変な薬を盛られていると思っているからだろう?安心しろこれなら大丈夫だ。ほら毒見するから見てろ」
ガストーは自分のグラスのレモネードを一気に飲み干した。
「……ふう、旨い」
「………。」
そろそろと手を伸ばしてグラスを握ると夢でも幻でもなく、屋敷の井戸水で冷やされたレモネードはグラスにうっすらと汗をかいている。
そっと一口味見して、そこから一気飲みした。
「ごくごくごくごく……はぁ…」
「旨いだろ」
「…………う………まい………うう…」
本物のリーフのレモネードだ。
ずっと
ずっと
飲みたかった。
でも一番は
リーフ、お前に会いたいっ!
ガストーは無言でグラスにレモネードを注いでくれて、泣きながらまた飲んだ。
「ゆっくり飲め、また明日持ってきてやるから」
「…うん……」
ノックしてメイドが入って来た。
「バンテール様、お屋敷の方から使用人が来ております。ドーナツとキャンディを直接お渡ししたいと言っていますが、どうしますか?」
リーフが来た?!
「お前の好物を届けてくれって頼んでおいた。直接手渡しなら お前も安心して食べられるだろう?学園に部外者はここまで入ってこられないからどうする?俺が受け取って…」
リーフ!
考えるよりも先に身体が動いて部屋を飛び出していた。
リーフ!
食事を取っていなかったから脚がもつれて転びそうになる。
リーフに会える!!
廊下を走り、階段を駆け下り、玄関の馬車乗り場に駆けつけた。
「はあ、はあ、リー…」
はっ!駄目だ。ヨレヨレの俺の姿をみたら、リーフが心配してしまう。
元気に振る舞わないと!
一度建物の影に隠れ、何日も着替えてないブラウスの皺を手で伸ばして、乱れた髪と呼吸を整えてから笑顔で馬車に近づく。
ゆっくりとドアが開き、中から現れたのはハーマンだった。
「お久しぶりです、旦那様。お痩せになられましたね。食欲がないとのことでしたので急いでこちらを買ってまいりました」
ドーナツとキャンディの入った 籠 バスケットを渡される。
? リーフは?隠れているのか?
馬車の中を見て確認するがリーフはいない。
「旦那様、何かお探しですか?」
「ハーマン…お前だけか?!リーフは来ていないのか?」
「リーフは来ておりません。ガストー様の指示通りリーフを行かせるつもりでしたが、明日お届けするレモネードを心を込めて作りたいと言うので今日は私が参りました」
「そ、そうか、では明日はリーフが届けに来るんだな」
「はい。あの………旦那様、その薬指の指輪、本当にサオマ様とご結婚なさったのですね。ご結婚おめでとうございます」
「な?!なんで知っている? ガストーが言ったのか!!」
慌てて左手を隠した。
「いえ、サオマ様は何もおっしゃっておりません。実はリーフがサオマ様の指輪を見て気がついたのです」
「リーフが?!」
「はい、私共は気づかなかったのですが、サオマ様が帰られた後、リーフがサオマ様の薬指にあるアメジストの指輪は旦那様が贈られた結婚指輪だと言ってました」
「は………………はは、リーフが………はは、知っているのか…そうか………そうか」
「改めてお祝いを申し上げます。ご結婚おめでとうございます、旦那様」
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