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第3話

耳朶に絡む吐息。 場違いに優しい声。 ぐぷぐぷ空気を孕んだ音が下半身で鳴り続ける。悪夢じみた行為は生々しい痛みと不快感を伴い、胃袋を締め付ける。 「前もさわってあげなきゃイけないなんて二度手間で面倒」 「してくれなんて頼んでねえ」 「二丁目のウリ専取材した経験あるならメスイキはご存知ですよね。教えてください」 「やだね、痛ッぁ」 ペニスのくびれを掴まれ激痛が走る。 「メスイキは男が女みてえにイくことで、っは、射精を伴わねえドライオーガズムの俗称。対義語はウェットオーガズム」 「よくできました。乳首責めや亀頭責めでも絶頂できるみたいですけど、前立腺刺激が一番手っ取り早いですね」 「詳しいじゃん。説明するまでもなかったな」 「今してるこれは甘出し、連続射精に至る為のテクニック。射精直前に刺激を止めることで精液を小出しにし、アブノーマルな快感を高めるんです。連続して甘出しした後に強い刺激を加えれば、比較的容易にドライオーガズムに結び付きます」 饒舌な語りに交えてぬるぬるペニスを擦り、射精の寸前で止め、カウパーよりなお濃い上澄みを濾し取る。 「最上さんと何話してたんですか」 「ネタ、を、やりとりしただけ。お前が邪推してるようなこと何も」 「バンダースナッチの情報売ろうとしたんじゃないんですか」 『名前位聞いたことあんだろ、財政界の大物や芸能人の悪事を暴く謎の配信者。その正体を巡って論争が繰り広げられてるが、肝心な所は誰も知らねえ。早い話が現代の必殺仕事人、一体どんなヤツなんだろうな』 カクテルを呷り、旧友が口走った言葉を思い出す。 話の飛躍に脱力するも、即座に否定できず空白を生んだのは、一瞬だけ心が動いてしまったから。 結果、早口で取り繕ってボロをだす。 「勘違い。世間話だ」 「バンダースナッチの正体すっぱ抜いたら、週刊リアル復帰どころか全国紙の一面飾れますもんね。マスコミ各社は多額の賞金チラ付かせて情報提供呼びかけてるし、万年金欠の遊輔さんには魅力的なお誘いですよね」 バンダースナッチの正体をめぐる報道合戦は熾烈を極め、どの新聞や雑誌が真っ先に実態を暴き立てるか、マスコミ各社が躍起になっている。 「たれこみゃしねえよ」 「元の職場に未練は」 『お前さ、アングラ方面に詳しいだろ。ヤクザや半グレにコネもあるし、バンダースナッチのネタ出回ってねえか調べてくれよ。礼は弾むぜ』 『戻りてェなら口利いてやる。いい記事書くんだからさ、ド底辺の掃き溜めで腐ってちゃもったいねえよ』 最上は編集長のお気に入りだ。アイツが上手く取り持ってくれれば、非合法な活動から足を洗い、もういちど記者としてやり直せるかもしれない。 「今さら追ん出された古巣に戻るなんざ願い下げ」 「間がありました」 薫は鋭い。表情や声色のごく些細な変化から思考を読み、偽らざる本音を汲む。 「隠し事は無駄です。保身と打算の嘘には慣れてるんです」 動悸。 発汗。 カクテルを攪拌し、キーボードを操作する手が淫らに蠢き、ペニスと乳首を育てていく。 丹念にローションを刷り込み、裏筋を撫で上げ、鈴口が分泌するカウパーを掬って捏ね回す。 「うっ、ぐ」 「噛まないで。声出して」 鎖が軋む音が酷く耳障りだ。視覚を奪われた分、触覚嗅覚聴覚が残忍なまでにクリアに研ぎ澄まされていく。 「眼鏡、は?」 「ちゃんと畳んで置いてるんで大丈夫」 「煙草喫いてえ……」 「集中して」 「ニコチン切れっと禁断症状が」 「余裕ぶっても無駄です。体、震えてますよ。汗もすごい」 「ぁっ」 耳たぶを柔く噛まれ、艶っぽい声を漏らす。長く繊細な指が乳首を揉み、尖りきった先端を引っ掻く。 「痛、ほじんな」 ちゅくちゅく音をたて耳孔を犯す舌。手は股間に潜り、カウパーの濁流にまみれたペニスをしごく。 「大きくなってきた」 「~~~!」 媚肉を畳んだ会陰を圧迫され、前立腺を快感が貫く。気持ち悪い。気持ちいい。後孔に指が抜き差しされる。 「謝るなら今です」 「俺が?お前が?」 漸く搾りだした声はみっともなく掠れ、大人ぶった余裕が剥ぎ取られていた。 「テメエ、が、勝手に妄想してるだけだろ。バンダースナッチのこと漏らしたりしねえよ、こっちだって叩きゃ埃がでる身の上だ」 「貴方が問われる罪はせいぜい身分詐称と不法侵入。俺とは比べ物になりません」 よりリスクを負っているとほのめかし、前立腺を激しくピストン。 「かお、る、抜け、苦しッ、ぁぐ」 二本に増えた指が鉤字に曲がり、肉襞に綴じ込まれた性感帯をじゅぷじゅぷ開発し尽くす。 「ふッ、うぅッ」 「ここに初めて挿れたのが俺だってこと、一生忘れないでくださいね」 排泄器官をこじ開けられる痛み、経験を塗り替えられる恥辱、窄まりをみっちり埋める異物感に吐き気を催す。 「すごいな、絡み付く」 激烈な拒絶反応を起こす心と裏腹に、被虐の快楽に溺れ始めた体は、根元まで沈む指を喰い締める。 「酔い潰れている間に拘束したのは謝ります。こうでもしなきゃ好きにさせてくれないし」 「隙見せんじゃなかった」 上擦った吐息が途切れ、捨て鉢に語尾が萎む。 弱り果てた遊輔をよそに、蒸れた暗闇を越えた声が愉悦を孕む。 「遊輔さんが悪いんですよ、俺の気持ち試すから」 「店に男連れてきたことか」 「俺の目が届く範囲で、他の人と楽しくお喋りなんかしないでくださいよ」 「話さなきゃネタ集めが」 「そのぶん俺が働きます」 平行線だ。薫が遊輔に覆いかぶさり、肌と肌が密着する。脚の間に剛直が押し入り、前立腺をゴリゴリ曳き潰す。 「ぁっ、ぁ」 どけ、ぶっ殺すぞ。喉元に殺到した罵倒の数々を抽送の衝撃が散らす。相変わらず顔は見えず、声と音と匂いを頼りに機嫌を窺うしかない。 薫が遊輔の腰を抱え、的確に狙いを突く。 「ふッ、うっ、んん゛ッ、ぁ゛っぐ」 「もっと上手に喘いでくれなきゃ興ざめです」 「エゲツねえ突っ込まれ方してんのに、ふぐッ、できるか、よっ!」 「可愛げないところも可愛いですね、少しは慣れたでしょアナルセックス」 「言う、な、ん゛ッぶ」 「頬の内側噛むのもナシで。口内炎になっちゃいますよ」 膝裏に手を通す。鎖が伸びきる。詰め物された腹が苦しい。ペニスと粘膜が擦れ、ベッドが弾む度に痛みを上回る快感が爆ぜる。 挿入されてもまだ薫はこんなことをしないと、常日頃から彼が与える優しさや、負担を労わるセックスに甘やかされた心が信じたがっていた。 正面にいるのが本物か偽物か、目隠しを剥いで確かめたい衝動に駆られる。 歪んだ顔には汗と涙と涎がしとどに溶け混ざり、目隠しの布がぴっちり張り付いて息苦しい。 「目隠し、とれ、頼む、見えねッ」 視界を圧する暗闇に本能的恐怖を感じ、舌足らずに懇願する。 「涙と汗と涎でドロドロぐちゃぐちゃの情けない顔、ひと回りも年下に見られて構わないんですか」 「~クソガキが」 粉々に砕け散ったプライドをかき集め、犬歯を剥いて凄む。薫の手が頬を包み、首筋にキスが降り注ぐ。 「遊輔さんは男に抱かれる方が似合ってますよ、ノンケ上がりのウブな反応がそそるんです。赤く染まった首筋やシャープな鎖骨のライン、しっとり湿って張り付く髪の毛も色っぽい。嗜虐心そそるっていうのかな……貧相に見せかけて脱げば引き締まってるし、喧嘩で鍛えた腹筋のバネが括約筋と連動して」 「乳のでけえ女の方が好きだ、ぁぐっ」 「こんなに乳首弱いのに?元カノはいじってくれなかったでしょ」 「攻める方が性に合ってんだよ」 「中、ギュッと縮んでますね。すっかり俺の形覚えちゃって、夢中で腰振って、本当可愛い」 言葉で辱めテクで堕とす。腹の中のペニスがまた膨らみ、固さ太さを増して直腸をこそぐ。 「んッ、んッ、んッ」 頬の内側を噛む。鉄錆の味が喉を焼く。調子付かせるのが癪で、喘ぎ声だけは意地でも漏らすまいと唇を引き結ぶ。ピッチを上げた抽送がもたらす快感の荒波は手を結んで開いて辛うじてやり過ごす。 「強情だな」 どうして無理矢理突っ込まれて感じまくってるのか、心と乖離して先走る体に慄く。 「薫ッ、よせもっ、気ぃ済んだろ」 「全然」 ぐちゃぐちゃ腹を裏漉しされ胃袋がでんぐり返る。 「ドライオーガズムの快感は射精の快感の十倍。遊輔さん、壊れちゃうんじゃないですか」 気持ち良すぎて意図せぬ声を漏らす。膝裏がぐんにゃり弛緩し、目の前が真っ白に爆ぜ、連続で何度も絶頂する。 嘗て取材したウリ専の証言が脳裏を巡り、体の主導権を奪われた絶望が脈を乱す。 「抜けッ、ぁぐ、キツ」 「ギリギリまで追い詰められても許してとかごめんなさいとか言わないんですね。そんなんだからいじめたくなっちゃうんですよ」 腰を叩き付けるのと並行しペニスを掴んで塞き止める。行き場を失くした射精欲が暴れ狂い、イきたくてイきたくてイくことしか考えられなくなる。 「気持ちいいですか。顔、蕩けてますよ。中もぐちゃぐちゃ、どんどん熱くなってる。実は被虐願望あったり……」 「~~~~~~~~~!」 蹴りは空振り。頭突きは躱された。

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