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第2話
昨日の夜、数か月ぶりに友人と会った。
場所は薫が勤務する新宿二丁目のバー『Lewis』。入店後はカウンターに並んで座り、浴びるように酒を飲んでお互いの近況を報告し合い、共通の知人の話題で盛り上がった。
談笑中視界の隅に捕らえた薫は、フォーマルなベストに身を包み、ポーカーフェイスで通常業務をこなしていた。
丁寧にグラスを磨き、客が注文する酒を作り、アイスピックで砕いた氷を添えて。
失恋にへこむ常連を慰めるママの傍ら、口コミ経由で来店した女性に爽やかな笑顔を振りまき、フォトジェニックなカクテルを提供していた。
不自然な点といえば、サービス精神旺盛な彼が近寄ってこなかったこと。
普段は目顔で合図を送ってよこしたり特段用がなくても話しかけにくるのに、昨夜は連れに遠慮したのか、必要最低限の接触しか持ってこなかった。
再びベッドが軋む。足でも組んだのか。
「あの人……|最上《もがみ》さんでしたっけ、親密な間柄に見えました」
「別に普通」
「高校時代のあだ名知ってたし」
「前飲んだ時ポロッと零しちまったんだよ」
「西高の狂犬の武勇伝聞きたがってましたね。だけど薄情です、酔い潰れた遊輔さんを置いて一人で先に帰っちゃうなんて」
『アパート追い出されたって本当か。今どこ住んでんの』
『知り合いんち』
『女?やるねえ』
『違ェよ』
『金なら貸さねえぞ』
『たかりにきたんじゃねえよ。今はどんなネタ追っかけてんだ』
『返り咲き諦めてねェの』
『単なる好奇心』
『ぬか喜びしちまった、特ダネ手土産に復帰祝いかと』
『お生憎様、あのハゲのツラ見なくてすんでせいせいしてる』
『おいおい風祭、俺と組んでスクープ物にしてきたの忘れたのか』
『昔の話だろ』
『相性ばっちりだったじゃねえか』
目隠しの向こうに不安定な沈黙が落ちる。
「熱心に口説いてましたね」
「妙な言い方すんな、アレはただ」
「ただ?なんですか」
「社交辞令」
「関係持ったんですか」
「あ゛?」
「肩叩いたり背中さわったり、ボディタッチ多かったですね」
「最上はノンケ。俺だって」
「遊輔さんはもうちがうでしょ」
しっとり汗ばむ首に手のひらが触れ、悪戯好きな指が頸動脈をなぞっていく。
「見せ付けにきたんですか」
「薫」
「チラチラ見てたの気付かなかったでしょ、楽しそうにお喋りしてましたもんね。遊輔さん、あんな風に笑うんですね。砕けた感じの笑顔……」
秘めやかな衣擦れの音。長い指を備えた手が背広の前を開き、シャツのボタンを上から順に外していく。
「俺には見せてくれたことなかったのに」
「十年来の付き合いで、ッぁ」
「知ってますよ、俺が小学生の頃から同じ職場にいたんですよね。同じネタ追っかけて、同じ車で張り込みして、同じ町中華でお昼を食べたんですよね」
『知ってるか、吉祥寺の天天が潰れちまったって』
『親父さん年だもんな』
『安くてうまかったのになあ』
『カウンターが油でギトギトの町中華じゃねえと食った気しねえよな』
『わかる』
「盗み聞きしてたのか」
慣れた手は止まらず、するする前をはだけていく。外気に晒された毛穴が縮み、危機感と焦燥が降り積もる。
両手を引っ張ればガキンと鎖が閊え、無慈悲な抵抗が返ってきた。
「その手錠気に入りましたか。嵌め心地はいかがです?サンプル見比べて似合うの選んだんですよ、犬の首輪みたいな黒革の内側にもこもこのファーが付いてて可愛いでしょ、って見えないか残念」
「いい加減にしねえとキレんぞ」
「ああ駄目ですよギュッてしちゃ、手のひらに爪が食いこんで痕が付きます。大事な商売道具なんですから扱いは慎重に」
「どの口がほざく」
「この口が」
腹の上に冷たい固形物が落ちた。
「!!いッ、」
体が勝手に跳ねる。
「冷てっ、ぅあ」
ぬる付く塊を掴み、あっちこっちへ滑らせる。不規則に痙攣する腹筋から鼠径部へ、脇腹を掠めて乳首へ、さらにはぐいぐい押してへそに埋め込む。
「氷ですよ。目隠しされると脳がバグって、ドラッグきめた時と同じ位感覚が増幅されるって知ってました?」
カリッと音がする。薫が氷を噛む。遊輔は肩で息をする。
「何でこんなこと」
「わかってるでしょ」
「最上とよろしくやってたから拗ねてんの?イカレてるぜ、昔馴染みと飲んだだけじゃねーか」
「べたべたしてました」
「俺たちの世代は飲みニケーション兼ねたスキンシップ多くてね。ゆとりは知んねえか」
「円周率は三十桁まで言えます」
「お利口さん」
「即戦力に戻ってほしがってるみたいでした」
「誰も喜ばねー」
「バンダースナッチ辞める相談してたんじゃないんですか」
執拗に問いを重ね、下っ腹を撫で回す。
「俺のこといらなくなっちゃいましたか」
「SМは趣味じゃねえ、とっととこのうざってえ布と手錠外せ」
視覚を封じられたせいで次の行動を予測できず、全身が敏感になる。カリッと小気味よい音をたて、薫が氷を噛む。
また来る。
「~~~~ッぁ」
口内でまろやかに溶かされた氷が、乳首をくにゅりと押し潰す。
「イイ声。感じてます?」
「ねえ、よっ」
「息上がってるじゃないですか、本当は気持ちいいんでしょ」
嘲笑を含んだ声色が鼓膜を嬲る。薫が氷を摘まみ、悩ましい火照りを帯びた体の表面に思うさま滑らせる。
「んッ、く、んンっ」
体の上で氷が溶け、透明な雫が肌を濡らす。唇を噛んで懸命に声を殺すも、乳首の甘噛みと同時に半ば溶けた氷が内腿を下り、たまらず湿った吐息を零す。
「次は下着の中に放り込んであげましょうか。霜焼けになっちゃうかな」
「かお、る、やめ、びちゃびちゃ気持ち悪ぃ」
「やらしいな。滴ってる」
「ふッく、ぅあ」
「今日ばかりは手加減できませんよ、さんざん見せ付けられて我慢の限界なんです」
「最上はただのダチだって言ってんだろ」
「証明できますか」
本当に薫か。
だまされてるんじゃねえか。
薄平べったい布一枚隔て、見えない男に恐怖を感じる。
「時間切れ」
黙り込んだ罰として氷を足し、遊輔の腹に顔を埋め、汗と水が混じった液体を啜り出す。
「なんだってこんなまだるっこしい、ッは、監禁まがいのまね」
「怖いですか。声、震えてますけど」
「誰が」
「甘やかされたセックスしかしてこなかったんでしょ、どうせ」
生唾を飲む音。
「自分がどんだけエロいかっこしてるか気付いてます?シャツの前をだらしなくはだけて、体中溶け残りの氷に濡れて、乳首はピンと尖って」
「詳細な実況やめろ、アダルトビデオの副音声聞いてるみてえで頭が変になる」
「こっちの孔でも感じるかな」
窄めた舌で重点的にへそをほじくり、ズボンの股間にぐりぐり氷を押し込む。
「~~~ィっ、ぐ」
「ちょっと勃ってません?」
今度はズボンの中、下着の中心に来た。一気に肌が粟立ち、ぞくぞく悪寒が駆け抜ける。
意地悪な指が乳首を搾り立て、ねちっこく含み転がし、頭をもたげ始めたペニスをいじくり倒す。
「かお、る、手ェどけろさわんな、ッぐ、はぁ」
ペニスが熱い粘膜に包まれる。一方的なフェラチオ。ご奉仕の有難味とは隔絶し、犯されてる感覚だけが続く。
「蒸れてますね。遊輔さんの匂いがする」
粘着質に唾液を捏ねる音。立ち込める生臭い匂い。シーツを蹴ってあとじされば、すかさず足を掴んで引き戻される。
「ぁ、ぐ」
後ろに回った指がアナルをこじ開け、肉襞をかき混ぜる。内腿に伝い落ちるローションが気色悪い。
「吐きそ……」
「遊輔さん、メスイキしたことないでしょ」
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