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第13話 王様の秘密
「それ絶対に本人に聞いたらダメなやつですからね」
「それはもちろん、理解している」
広い執務室の中、カエレスはウメノから叱責を受けていた。
一国の王が部下から怒られることなど普通はないだろう。それでも、カエレスの住まう城ではこれが普通だった。
基本的には城内で働くものは、皆カエレスの群れの仲間だと思っている。
もちろん、心から支えてくれるものがいるのも理解しているが、部下に壁をつくられて善政を行える王はいないだろう。
だからこその、近い距離での叱責であった。
「いくら番いだからといって、発情期はいつかと聞くのは御法度です。本当にあなたが愚か者でなくてよかった。番いに愛想を尽かされる前に僕に確認をしたことだけを感謝します」
「ウメノ、俺は愉快だが、一応王様だから言葉を選べ」
「ニル、それはもう答えだと思うんだけど……」
執務室の扉、その両脇を守るようにして立っているハニとニルもまた、呆れた目線をカエレスに向けていたのだ。
ティティアが城に来て一月。そわそわして待っていた発情期は一向にこず、また己から発情期まで手を出さないという宣言をした手前、誘うこともできなくなっていた。
まさかカエレスがティティアを前に一人で慰めるわけにもいかない。その弊害が全て直属の部下である二人に向くものだから、流石にこのままじゃいけないと思ったのだ。
「まさか度重なる鍛錬がカエレス様の性欲処理だったとは」
「新兵時代を思い出す筋肉痛を授けてくださりありがとうございます」
「いや、うん……お前達も少しくらい言葉を選んでくれないか」
「ダメですよカエレス様。ニルなんて久しぶりの嫁の誘いに答えてやれなかったって先日悲鳴をあげてました」
「それは本当」
遠い目をするニルの横で、ハニが顔を逸らすように肩を揺らして笑っている。本来なら筋肉がつきにくいはずの草食獣人であるハニもまた、先週に比べると確かに体が一際仕上がっている気がする。
「純粋な獣に転化するカエレス様の走り込みに付き合ってたら、俺たちは肺がいくつあってもたりません」
「俺、走り込みのおかげで瞬発力上がりましたね。多分防衛本能が働いたのかも」
「だから……それはすまない……」
「話戻しますけどいいですかあ!」
小さな体で誰よりも大人なウメノは、このままでは埒が空かないと言わんばかりに声を上げた。うまく話をそらして説教を免れようとしたカエレスの小さな目論見は、しっかりと失敗に終わったわけである。
「そもそも我々獣人と違って、ティティア様は人間です。人は大人にさえなればいつでも繁殖ができるので、通常は発情期なんてないんです。だけどティティア様は違う。聞けば、前回の発情期は二月前だったとか」
「それは……二ヶ月おきにくると言うことか?」
「おそらく、カエレス様の禁欲はもう一月は続くでしょうね」
「うーーーーわ」
ウメノの言葉を前に、ニルが呆れた声を上げた。その広い背中を、すかさずハニが叩いて窘める。
カエレスはというと、大きなお耳をへたりとさせて物思いに耽っているようだった。
基本的に、獣人は子孫を残す繁殖行為を好んで行うものが多い。特に教育面では、人の性知識よりもさらに深掘りをして学ぶ機会があるくらいだ。
ましてや、カエレスは己の為にも子を作らねばならない。それが王としての務めだということも理解しているからだ。
黙りこくったカエレスを前に、ハニが表情を曇らせる。子を成さねばならない理由を知っているからこそ、今の状況がもどかしく感じたのだ。
「あの、お伝えすれば良いのでは。カエレス様の命のためにもご理解くださいと」
「それ、俺も思いますがね。王特有の……というか、神の器のみが犯される奇病なんて簡単に公表できないわけだし」
「……私の気持ちよりも。今はティティアの心を優先させたいのだ」
カエレスの金糸水晶の瞳が、この場にいない番いを憂うように細められる。
犯されている病は、身を満たす魔力が体から抜けていくものだ。
アテルニクスの姿を獣に変えたのが呪いなら、この病は神からの罰である。
体内の魔力が尽きると死ぬ。それは、身に魔力を宿すものなら当たり前の事実だ。その放出を止めるために、番いがいる。
アテルニクスに青年がいたように、体に魔力を宿さないオメガを魔力の器にする。
血の繋がりを持てば放出される魔力は止まり、カエレスは寿命をまっとうすることができる。
アキレイアスを支える王の秘密は、この城に勤める中でも腹心しか知らない事実だ。
「子を産む為の道具にしたくはない。彼が必死でこの国を理解しようとしてくれるのに、不義理なことはしたくないんだ」
「カエレス様のお心はもちろん理解してます。ですが同時にこの事実が公になれば弱みにもなります。だから我々は」
「ハニ」
「……すみません、口がすぎました」
アテルニクス神の生まれ変わりである黒鉄の毛並みを持つ獣人は、カエレスで四人目だ。城の仲間達を群れと呼ぶように、獣人の王は周りが傅く。
過去にいた三人の王とカエレスに血の繋がりはない。この国を率いてきた二人の王は、番いを見つけられずに死んだ。だからこそ、皆恐れている。今のカエレスの年齢が、寿命にならないようにと。
「私には彼がいる。だからまだ時間はある。すぐに死ぬ病でもない、心配はありがたく受け取っておくよ」
「……わかりました、俺たちはあなたについていくだけですから」
ハニの心配を理解した上で、カエレスは小さく頷いた。
兎獣人であるハニを、王直属である暗部に入れたのはカエレスだ。草食獣人は弱いという偏見を砕いたのは一重に努力を重ねてきたハニ自身だというのに、恩を感じてくれている。
そして生真面目なハニが、ティティアを常に気にかけてくれていることも知っていた。
「彼の足並みに合わせる。それほど私にとっての彼は、変え難い存在だ」
ティティアはカエレスの唯一の番いだ。大切にしたいと思う心に嘘はない。
話を聞くように黙りこくっていたウメノへと目配せすれば、仕方ないと言わんばかりに肩をすくめられた。
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