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第1話・おじさまアルファが好きなだけなのに

「え、幻滅です」    父親くらい年上の相手に、唖然と言い放つ。  まだ暑さの残る秋の始まりの時期だというのに。  2人しかいない空間が凍りついた。    オメガである藤ヶ谷陸(ふじがや りく)は、いつも年上に夢中になる。  年上好みなだけなら良いのだが。  好きになる相手はいつも、親子ほど年が離れた番のいるアルファばかりだ。  だが決して、他の誰かから番を奪いたいわけではない。  パートナーがいると分かればすぐにスイッチを切り替えられた。  その代わり藤ヶ谷は、アルファに番や我が子への愛を語らせる。  幸せのお裾分けをしてもらうために。  しかし、それが良くない結果をもたらすこともある。  藤ヶ谷の視線があまりにも熱すぎるために、親愛の情を恋慕の情と勘違いしてしまう者が出てくるのだ。    その結果が。   「色恋沙汰で契約切られるとか、マジふざけんなください」 「果たして俺が悪いんだろうか」  隣の席に座る2歳下の後輩、杉野誠二朗(すぎの せいじろう)に睨まれる。  藤ヶ谷は職場のデスクに突っ伏して嘆いた。  ペタリとしたデスクマットにキスしていると、後頭部をペチンと何かで叩かれる。 「何すんだよ」  藤ヶ谷が顔を傾けて隣席を見上げると、薄桃色のファイルを持った杉野が呆れきった顔で見下ろしてきていた。  あまり反省の色がない藤ヶ谷の拗ねた表情を見た杉野は、アルファらしく整った顔を顰めてため息を吐いた。    藤ヶ谷の職場は、アパレルメーカー企業だ。  その中でも都内の本社にある、オメガの頸を守るカラー部門の営業部に所属している。    世界にアルファ、ベータ、オメガという第二の性が発現するようになって久しい。  優秀で地位の高いアルファ、人口の大部分を占めるベータ、そして藤ヶ谷を含む希少種のオメガだ。  中でもアルファとオメガは特別な関係で、アルファがオメガの頸を噛むことによって番契約が成立する。  通常は心を通わせ、互いの同意を得て番契約はなされるのだが。  稀に、心無いアルファが無理矢理オメガを番にしたり、突発的なオメガのヒートに巻き込まれたアルファが頸を噛んでしまったりするなどの不測の事態が発生する。  それを防ぐために、首にカラーをつけるオメガが多いのだ。  もちろん藤ヶ谷の首にも、自社製品のベージュ色のカラーが巻かれている。  藤ヶ谷は貴重なオメガとしての意見を求められ、カラーの営業部署に配属されたというわけだ。  入社して4年目になるが、どうもトラブルを起こしがちだ。  原因は、藤ヶ谷の嗜好にも一因があると言わざるを得ない。 「だから1人で行かないでくださいって言ったんですよ。何回取引先のおっさんアルファに大好き光線を送って、挙句口説かれれば気が済むんですか」 「俺は番のいるおじさまアルファの匂いが好きなだけなのに……」 「藤ヶ谷さんに悪気がないのは分かってます。でも、アルファから見た自分の魅力……って、聞いてますか」  藤ヶ谷はデスクに頬をつけたまま、杉野とは反対方向に顔を背ける。  ただ一方的に親愛の情を向けるだけなら良かった。  しかし杉野の言う通り、藤ヶ谷はオメガの中でも魅力的だった。  白くきめ細かい肌に、艶があるサラサラと触り心地の良さそうな髪。  目を縁取るまつ毛は長く、唇はふっくらしていて中性的な顔立ち。  それでいて体格は男性らしく筋肉もついており、身長もベータの平均身長ほどある。  特に「番がいるアルファ」にとっては「こういうオメガもいいかも」という出来心が湧きやすいのである。  自分に会う度に頬を染めて話しかけてきたら尚更だ。  勘違いするなという方が難しい。  しかし、当の本人には改める気持ちが全くと言って良いほどない。 (素敵なおじさまアルファだったのになぁ……)  杉野のお小言などどこ吹く風で、今日の出来事を思い出す。  今日はカラーのデザイナーとの打ち合わせの日だった。  デザイナーは20歳ほど年上に見える人当たりの良いオシャレな男性で、番のいるアルファ。  とても心地良いフェロモンを醸し出している、藤ヶ谷好みの紳士だ。  通常アルファの取引相手の場所に行くときにはいつも杉野と行動を共にしている。  だがどうしても予定が合わなかったため、藤ヶ谷は1人でデザイナーの事務所を訪れた。  前述の通り杉野には止められたが、性別のせいで仕事を滞らせるわけにもいかない。  幸い3ヶ月に1回訪れるヒートは周期を考えればまだ来ない時期だし問題はないだろうと、上司にも許可を取って2人きりで打ち合わせをしたのだ。  そして、そのデザイナーから愛人にならないかと誘われてしまう。  つい先日まで番への惚気話をたくさん聞かされて幸せな気分になっていた藤ヶ谷は、愕然とした。  そして、 「幻滅です」  と、包み隠さず本音を漏らしてしまったのだった。  プライドを傷つけられ人が変わったように激昂したデザイナーから契約解除を言い渡され、今に至る。

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