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第22話・肩に手を置かれただけで⭐︎
リビングルームの方から聞こえた声に、寝室にいる全員が固まる。
身動き出来なかったが藤ヶ谷だけは、耳に慣れたその声を聞いて目に光が灯った。
毛長の絨毯にも関わらず威嚇するような足音が聞こえ、近づいてくる。
開いたままだった寝室の入り口に、肩で息をした男が現れた。
その姿を見た藤ヶ谷の目から、ずっと我慢していた涙が一筋だけ零れ落ちる。
「……杉野……」
「……」
杉野は入り口に立ち尽くしたまま口を閉ざした。
感情の読めない目に映っているのは、藤ヶ谷の手を押さえる男、足を押さえる男、今まさに藤ヶ谷の局部に口をつけようとしていた男。
そして、ベッドの傍で腕を組み、それを笑顔で眺めていた蓮池だ。
「こんなところにまで、邪魔にくるんだね」
蓮池は杉野の顔を確認すると、肩を竦めた。
余裕のある態度に見えたが、その目は明らかに憎悪に侵されている。
これ見よがしに、藤ヶ谷の足の付け根に手を伸ばしてきた。
「それとも、混ざりにきたのかな?」
「……ゃぁっ」
手のひらで皮膚の薄い部分を撫でられた藤ヶ谷は腰を跳ねさせる。
甲高い声が出てしまい、慌てて口を引き結んだ。
「離れろ」
ドスの効いた低い声が短く言う。
蓮池以外の3人のベータたちは、委縮して藤ヶ谷から手を離す。
杉野はこの場の空気を支配していた。
鬼気迫るオーラを感じて、藤ヶ谷は身体が自由になっても動くことが出来ない。
「もうすぐ、警察が来ます。この状況では言い逃れは出来ませんよ」
「け、警察……!?」
ベータの3人はあからさまに動揺する。
ヒート中のオメガを襲っても罪には問われないが、計画的であるとバレたなら話は別だ。
1人の声を皮切りに、3人ともバタバタと杉野の隣を抜けて部屋から出ていく。
その無様な後姿を眺めていたのは藤ヶ谷だけだった。
杉野と蓮池は、ただ黙って睨み合う。
動かなくなった蓮池の手から逃れるように、藤ヶ谷はようやく身体を起こした。
でも自分は入ってはいけない気がして、息を顰めて成り行きを見守る。
沈黙を破ったのは杉野だった。
「俺が我慢出来てる内に失せろよ変態オヤジ」
藤ヶ谷には決して使うことがないような乱暴な言葉を蓮池に投げつける。
蓮池は怯むことなく、小馬鹿にしたようにただ唇を歪めただけだった。
「若いな」
一言だけ呟いて、部屋を出ていく。
振り返ることは一度もなく、いつも通りの優雅な歩みで姿を消す。
蓮池がドアを閉める音が聞こえた瞬間、杉野はベッドに駆け寄ってきた。
必死の顔で藤ヶ谷の両肩に手を置く。
「藤ヶ谷さん」
「っぁん」
藤ヶ谷は艶めいた声を出し、身体を痙攣させた。
肩に手を置かれただけだ。
たったそれだけで、ヒート中の身体は軽い絶頂を迎えた。
今まで我慢できていたのが不思議なほどにあっさりと。
事態を理解した杉野の表情が一瞬だけ固まってしまう。
白いシーツが濡れる感覚に、藤ヶ谷の顔は羞恥で朱に染まった。
「う、そ……。イッちゃ……っ」
杉野に醜態を見られてしまった現実が受け入れられず、表情が歪む。
膝を擦り合わせ、中心を手で隠して俯いた。
「ご、ごめん……」
「これ、飲んで。抑制剤です」
「う、うん」
藤ヶ谷の消え入るような声の謝罪に対しては何も言わず、透明な液体の入った小瓶を差し出してくる。
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