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番外編・ハロウィンのハプニング

「部長っ! カッコ良すぎます!!」  藤ヶ谷は瞳を輝かせて、渋く美麗な吸血鬼を褒め称える。  内側が紅、外側が黒の立襟マントに身を包んだ八重樫は、満更でも無さそうに笑った。  オールバックにした髪を撫で付けながらポーズを決めてくれる。 「まだまだ私もいけるな」 「全世界が血を差し出すレベル! 素晴らしいです!」  様々な角度からスマートフォンのシャッターを切っている藤ヶ谷は、鼻息荒く右拳を握り締めた。  本日は10月31日のハロウィン。  自社商品紹介と共に子どもにお菓子を配るイベントのために、営業部からも数名が駆り出されたのだ。  ショッピングモールの控え室で大興奮の藤ヶ谷を見て、周囲の同僚たちは生暖かい目をしていた。 「藤ヶ谷さんのテンション……」 「今日は許してあげましょう……推しがカッコいいコスプレしてるんだし」  そんな中、1人だけ遠慮なく藤ヶ谷に声をかける者が居た。 「藤ヶ谷さん」  他の仕事を片付けていたために、少し遅れてきた杉野だ。  振り返った藤ヶ谷は、撮影会を邪魔されたことなど全く気にも止めずに笑いかけた。 「あ! 杉野! 見てくれこのってお前も吸血鬼か!?」 「サタンだそうです」  ハイテンションのまま喋りかける藤ヶ谷に、杉野はふわりと漆黒のマントを閃かせて見せた。  頭に2本の大きな角をつけている姿は、本人の言う通り魔王や悪魔というものに相応しい。  どこに居ても目を惹く高身長と整った顔が、異質な空気を醸し出してとても似合っていた。 「雰囲気が部長と被り過ぎなんだけど!」 「あー」  藤ヶ谷は容赦なく杉野のマントを握ってゲラゲラと笑う。  杉野も吸血鬼姿の八重樫を見て、納得したように頷いた。 「部長の時と反応違いすぎよね」 「二度見するくらい格好いいのに可哀想に」  藤ヶ谷に対する杉野の気持ちを知っている同僚達は、同情の視線を向けた。  褒められている八重樫ですら、苦笑している。  一言くらい「格好いい」と言ってやればいいのに、と。  だがそんな周囲の気持ちは、当然藤ヶ谷には届かない。杉野も、特にコスプレに関しての反応は気にしていなかった。  それよりも、藤ヶ谷の服装の方に興味を示す。 「藤ヶ谷さんのは……ミイラですか?」 「そうそう」  上半身と頭に白い包帯を巻いた姿で藤ヶ谷は楽しげに頷く。  本来は顔も含め全身を包帯で覆うのだろうが、顔が隠れると子どもが怖がるかもしれないことを考慮した。  また下半身は流石に履いておいた方がいいだろうと同僚と相談し、普通のジーンズを身につけている。  きっちりと巻かれた包帯を見つめ、杉野は無表情のまま首を傾げた。 「自分でやったんですか?」 「まさか!やってもらったに決まってるだろ」 「誰に」 「あいつ」  食い付くように聞いてくる杉野を不思議に思いつつ、藤ヶ谷は人差し指を1人の同僚に向ける。  その先には、広報部に所属する杉野の同期がいた。  ベータ性の彼は藤ヶ谷と馬が合う上、杉野も親しい間柄だ。  はっきり言って無害な男だった。 「……そうですか」  それでもどこか面白くなさそうに杉野は同期の背中を睨む。  睨まれた本人は気がついていないはずなのに、背筋に悪寒が走ったという。  ◆  イベント終了後の控え室で、ミイラ男姿の藤ヶ谷は白い床に足を投げ出して天井を仰いだ。 「あー!疲れた!」 「大盛況で良かったですね」  首元にある留め金に手を掛け、黒いマントを外そうとしている杉野が立ったまま見下ろしてくる。  杉野の言う通り、イベントにはたくさんの子ども連れがやってきた。  広告入りのお菓子を渡したり、仮装した子どもと一緒に写真を撮ったりして大賑わい。  大人同士の営業とは全く違う楽しい時間だった。  が、やはり疲労はする。  イベント後も会場の撤去作業や控え室の片付けなど、忙しなく動いた。  藤ヶ谷と杉野は最後に戸締りまでする係になってしまったため、今はもう何もない控え室に2人きり。  後は着替えて帰るだけだ。  だが。 「いっぱい来てくれて嬉しかったけど……もう動けねぇ」  一度座り込んでしまうと、「着替えるだけ」なのにどうしても腰が重い。  なんとか気合いを入れようとする藤ヶ谷だったが、ふとイタズラを思いついた。  淡々と着替えを進める杉野を見上げる。 「なぁ杉野。トリックオアトリート!」 「持ってるわけないじゃないですか」  チラリと藤ヶ谷の方に視線を寄越した杉野だったが、素っ気ない返事しかせずに髪に留めていたツノを丁寧に外している。  それでも藤ヶ谷はめげずに、ニヤリと口角を上げた。  動けないと言っていた割には身軽に立ち上がり声を弾ませる。 「じゃあ、イタズラだな」 「イタズラって……」  訝しげな顔をする杉野の懐に入り込むと、脇に手を突っ込んでくすぐり始める。  温かいその場所で10本の指を好き勝手に動かしながら杉野の顔を見上げたのだが。  なんの反応もない。 「お前、きかねぇの?」 「子どもの時は笑い転げてたんですが」 「ちぇー」  いつもとは違う焦った杉野が見られることを期待していた藤ヶ谷は唇を尖らせる。  残念そうに手を脇から抜くと、諦めて着替えようと包帯に手を掛けた。  すると、大きな手にガシッと肩を掴まれる。 「トリックオアトリート」 「げ。ない」 「そうですか」  まさか反撃が来るとは思わずに表情を引き攣らせると、杉野は指を動かしながら両手を藤ヶ谷に近づけてくる。  藤ヶ谷は冷や汗をかきながら、ジリジリと後ずさりした。 「だめだ、杉野、待て。待て。俺……っ」  狭い控え室内で背を向けて逃げようと床を蹴るが、伸びてきた逞しい腕にあっさりと捕まった。  包帯の巻かれた腰を掴む長い指が、想像した通りに動き出す。  擽りに弱い藤ヶ谷は、声を出して笑い始めた。 「やめ、やめて……っ許して!」 「自分はやっといてそれはずるくないですか」  藤ヶ谷の反応が大きいのが面白いのだろう。  こんな時に限ってノリノリになってしまった杉野は、背後から藤ヶ谷を抱き込む。  そして、全身に手を這わせてくすぐり始めた。  呼吸困難なほど笑う藤ヶ谷の目尻に涙が浮かんでくる。 「そ、だけど!お前はっ……効かなかったのにずる……っぁん」  突如、藤ヶ谷が高い声で鳴いた。  藤ヶ谷は自分で驚いて口を両手で覆う。  杉野の動きは止まった。  手から逃れようと必死で身を捩った弾みで、杉野の指が包帯の上から胸の突起に触れたのだ。 「調子に乗りすぎましたすみま……!」  正気に返った杉野が慌てて体を離そうとした。  その時、爪が包帯に引っかかっていることに気が付かずに勢いよく手を動かしてしまう。 「あ」  胸を隠していた包帯が伸び、そこから緩んでいく。  あまりのことに思考が停止した2人が見守る中で、藤ヶ谷の白い肌と色付いた胸が露わになった。 「なんで何も着てないんですかおかしいでしょう」  先に動けるようになった杉野は、脱いで床に置いていた黒いマントで藤ヶ谷の体を覆う。  いつもより早口になっているところに、動揺が窺えた。  藤ヶ谷はマントの合わせ目を握りしめて体を縮こまらせる。  何が起こったのかを考えると、顔に熱が上ってきた。 「い、要らないと思って」 「……さっさと着替えましょう」 「そうだな」  杉野の顔は見ることが出来なかったが、先ほどよりも大分距離をとって着替え始める気配がした。  藤ヶ谷もマントを巻いたまま、体の包帯に手を掛ける。 (び、びっくりした……変な声出ちまった) (なんって声出すんだよ)  2人の空気は控え室を出ても気まずいままになってしまった。  しかし最寄駅に着いたとき、コーヒーのチェーン店でハロウィン限定のパンプキンラテを発見。  単純な藤ヶ谷は、杉野がそれを飲まないかと誘ってくれただけで気持ちを持ち直したのだった。             番外編・おしまい

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