26 / 110

第25話・意外と身近に

 アルコールと揚げ物の香りが混じる空間は熱気が篭っている。  店内の一角にある畳が敷かれた集団客用の座敷では、夜の居酒屋らしく赤ら顔のサラリーマン達が賑やかに談笑していた。  そのうちのひとりである藤ヶ谷は、もう11月の半ばを過ぎたというのにワイシャツを肘まで折り曲げていた。  自分より小柄な男性社員の隣に胡坐をかくと、ビールジョッキをソフトドリンクグラスにカチンと合わせる。 「何回目か分かんねぇけどおめでとう!」 「何回でも嬉しいです! ありがとうございます藤ヶ谷さんっ!」  中性的な童顔が、幸せそうな空気を纏ってふわりと笑う。  今日は藤ヶ谷と同じ、営業部カラー部門の同僚の送別会。  オメガである彼は、番が海外赴任することになったため退職するのだ。  同じ男性オメガとして関わることも多かった藤ヶ谷とは気安い仲で、今もぴったりと肩を寄せ合って座っている。  酒が進んで気分がよくなっている藤ヶ谷は、とろんとした表情で頬杖をついた。 「番と結婚して海外かー。ちょっと羨ましいな」 「藤ヶ谷さんだって、意外と身近に素敵な人がいるんじゃないですか?」  番から禁止されているからとアルコールを口にしないその同僚は、好奇心に溢れた目で藤ヶ谷を覗き込む。  しかし藤ヶ谷は大きな口を開けてゲラゲラと笑い、心底可笑そうに手をパタパタと振った。 「ないない! 素敵な部長には番が居るし。役員のおじさま方もみーんな番がいるぞ?」 「いや、そうじゃなくて」 「あ、役員の方々は身近ではないかー!」 「わぁっ」  パシャリと乳白色の液体が藤ヶ谷のワイシャツを濡らす。  機嫌良く喋りながら同僚の肩を抱いた瞬間、相手が持っていたソフトドリンクのグラスが大きく揺れてしまったのだ。  藤ヶ谷の白いワイシャツは、襟首から胸にかけて色が変わってしまう。  同僚は大慌てで立ち上がった。 「何か拭く物を貰ってきます!」 「悪いー!」 「藤ヶ谷さん、絡み酒ですか」  状況にそぐわない冷静な声が聞こえて顔を上げると、全く酔った様子のない杉野が水の入ったグラスを持って立っていた。  手を合わせて同僚を見送っていた藤ヶ谷の表情が、へらりと緩む。 「おー、杉野ー! 飲んでるか?」 「言動がおっさん……」  呆れ返った声を出す杉野は、濡れて肌が透けている藤ヶ谷の胸元をじっと見つめる。  体の凹凸が浮き出ているのを隠そうともせず呑気に笑っていた藤ヶ谷は、その視線に首を傾げた。 「どうした?」 「いえ。なにも」  大きなため息を吐いた杉野は、戻ってきた同僚から布巾を受け取って藤ヶ谷の胸元を拭き始める。  藤ヶ谷はジュースでベタつく手に舌を這わせ、されるがままになった。  2人のやり取りを見ていた同僚は、眉を下げて杉野に笑いかける。 「杉野くん、苦労するね」 「アルファってのは意外と、世話を焼かされるのは嫌いじゃないんです。俺に任せて、他の人のとこにも行ってあげてください」  澄ました顔で肩をすくめた杉野に、同僚は目を細めてその場を離れる。

ともだちにシェアしよう!