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第26話・マッチング

 藤ヶ谷は持ったままだったビールジョッキを杉野に取り上げられ、代わりに水入りのグラスを持たされた。  酔いすぎていると反省する理性がまだあった藤ヶ谷は、素直に水に口をつける。  スッキリとした冷たさが心地よく喉を潤す。 「あ! そうだ! 身近なアルファじゃないけど、今度見合いするぞ俺!」 「見合い?」  服の中は自分で拭けと差し出された布巾を受け取りながら、藤ヶ谷はパッと明るい声を出した。  杉野の眉間に皺が寄るのと同時に、周囲が聞き耳を立て始める。 「最近、結婚相談所に登録してさー」 「聞いてないです」 「言ってねぇもん」  濡れたネクタイをシュルリと抜き取り、ボタンを2つ外す。  周囲を気にせず服の中に手を突っ込んで拭き始めると、自然と目に付く色付いた肌とチラつく胸の突起。  杉野は誰もコチラを見ないように周りを牽制することになった。  チラチラと見ていた酔っぱらいたちは、慌てて視線を逸らす。  藤ヶ谷だけがそれに全く気付かないまま会話を続けた。 「奇跡的にマッチングしたから行ってくる」 「どんな人ですか」 「なんで言う必要があるんだよ」 「変な奴じゃないか調べます」 「親でもそこまで干渉してこねぇぞ!」  真顔で迫ってくる杉野の頭を、声と共に勢いよくべシンと叩く。  どうも蓮池とのことがあってから、杉野は藤ヶ谷に対して過保護になっている気がした。  そのことで他の同僚に愚痴を言うと、 「元々じゃない?」  と、皆が口々に答えるのだが。  最近ようやく認識してきた藤ヶ谷は納得していない。  教えろ教えないのやり取りをしながらも、杉野は着ていたグレーのベストを脱いで差し出してくる。  藤ヶ谷があまりに無防備なので、目のやり場に困ってしまったのだ。  渡された理由がわからない藤ヶ谷は不思議に思いつつも、言う通りにすることにした。  そこへ、 「藤ヶ谷、私も気になるから教えてくれないか?」 「部長!」  誰よりもアルコールを摂取しているはずなのに、しっかりとした足取りの八重樫が杉野とは反対側に座った。  アルコールに混ざって、隠しきれていない熟成されたアルファの香りが漂ってくる。  情報を出し渋っていた藤ヶ谷は、あっさりスマートフォンを八重樫に差し出した。 「こういう人です!」  いとも簡単に掌を返したのを見た杉野は舌打ちをしたが、藤ヶ谷は気がつかない。  スマートフォンの画面を見た八重樫は、杉野にも分かるように内容を読み上げる。 「へぇ、製薬会社の。27歳……若いな」  藤ヶ谷の食指が動くのは40代50代のアルファ男性ばかり。  親しい者なら皆が知っていることだった。  見合い相手が同年代だとは思っておらず驚いた八重樫に続き、杉野が淡々と口を動かす。 「アルファなのにその年で結婚相談所?ヤリモクじゃないですか」 「お前のアルファに対する偏見、なんとかなんねぇの?」  相変わらず辛辣な杉野に慣れてきた藤ヶ谷は、呆れまじりの苦笑いをする。  杉野は腕を組んで鼻を鳴らした。 「あり得るでしょう。もしくは理想が異様に高いか……まぁ親にせっつかれた可能性もありますけど」 「オメガのみ希望、と書いてあるから、出会いがないのかもしれないな」  思いの外真剣に画面を確認している八重樫が、顎に触れて見解を述べた。  藤ヶ谷はその仕草に惚れ惚れしながら頷く。  アルファは人口の20%しか居ないが、オメガは更に少なく人口の10%だけだ。  そのため番にはなれないが、優秀な者同士で出会う可能性が高いアルファ同士で結婚することも多い。  もちろん、アルファやオメガがベータと結婚することもある。  もしも「番」になることにこだわりオメガを探しているのなら、モテるアルファといえども出会いがないことはあるだろう。  しかし杉野は釈然としない様子で酒を煽ると、テーブルに手をついて身を乗り出した。  八重樫から画面を向けられれば、最早粗探しをしているだけにしか思えない表情で内容を見る。 「どうせ他にも色々条件が……」  だが、情報を見た瞬間に杉野は固まった。  そして、手からグラスが滑り落ちる。 「うわ……っ」 「わー部長!!」  半分ほど残っていたグラスの中身を八重樫のズボンが受け止める。  また布巾を注文する羽目になったのだった。

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