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第35話・初めてのヒート

 その日は大学の夏休みで、藤ヶ谷は実家に帰っていた。  幼なじみたちと久しぶりに会って過ごし、親に伝えていた時間よりも随分遅い時間になってしまう。  真っ暗になっているのに昼間の熱気を引きずる気温のせいで汗が滲む。  近道をしようと入った誰もいない公園で、それは起きた。  18歳で、藤ヶ谷は初めてのヒートに入ったのだ。 「……? やば、熱中症、かな」  一般的には16歳までに起こるヒートだが、例外のないものはない。  藤ヶ谷はなかなかヒートが来ないオメガのうちの1人だった。  経験のなかった藤ヶ谷は体の熱をヒートだと気付くことが出来ず、公園内の自動販売機でスポーツドリンクを買った。  すぐ隣にあった木製のベンチに座ると園内をほのかに照らすライトを見上げ、ペットボトルを傾けた。  冷たく甘い液体が喉も体も潤す。  だが、熱さは全く変わらなかった。 「な、んだこれ……っ」  どんどん熱くなっていく体に違和感を覚え、空気の暑さは関係ないのではと思い至る。  下腹部から生み出されるような熱に、荒い息を吐いて体を丸めた。  じわりと下着が濡れた感覚があり、焦って中心に触れる。  ジーンズの中で形を成していることがはっきり分かる。  ここまでくれば、自分の体に何が起きているのかを流石に理解した。 (ひ、ヒート!? まずい、俺、抑制剤持ってない!)  ずっとヒートにならなかった18歳の藤ヶ谷には抑制剤を飲む習慣はもちろんない。  普段はお守り代わりにカバンに入れているのだが、運の悪いことに今日に限っていつもと違うカバンだった。  体の奥が疼き、誰でも良いからどうにでもしてくれと体が叫ぶ。  どこからか、興奮を助長するような香りが漂って来ている気がして座っていられなくなる。 「ひ、ぁ……だれか……」 「どうしたんだい?」 「ぁ……」  とにかく熱を放出したくて、ベンチに横たわりジーンズの中に手を入れた時だった。  濃厚なフェロモンの香りが藤ヶ谷を包み込む。  潤んだ視線を向けると、凛々しい顔付きの男性が心配そうに覗き込んでいた。  父親くらいの年だと感じたその男性を見て、藤ヶ谷のヒートフェロモンも濃くなる。  男性が息を飲むのが分かった。 「……っ、やっぱりヒートか。抑制剤は?」 「忘れ、ちゃって」  藤ヶ谷はその人のスーツを掴み、体を持ち上げた。  どうなるかなど考えられないまま、厚い胸に縋り付く。 「あついぃ……っ助けて……」 「落ち着いて、これを飲むんだ」  グッと腰を支えられ、タブレットの薬を渡される。  言われるがまま男性の指ごと口に含めば、柑橘系の爽やかな味と香りが口内に広がる。  唾液のついた指を抜き取った男性は、柔らかく後頭部を撫でてくれた。  おそらく彼は、普段からきちんと抑制剤を飲んでいる人なのだろう。  藤ヶ谷は揺れる腰を抑えられず、男性に擦り付けてしまう。それでも迷惑そうな素ぶりも見せずに微笑んでくれた。 「大丈夫、すぐ収まるから」 「おじさん、あるふぁ、の人?」 「そうだよ」 「ぅっ……だめ、やだっ」  自分から誘うような行動をしておいて、身を固くしてしまう。  アルファのフェロモンは魅力的で、離れることは出来なかった。藤ヶ谷の下着の中はその香りだけで、何をされたわけでもしたわけでもないのに熟し切っている。  それでもほんの僅か残った理性で、首のカラーを確認した。  男性は藤ヶ谷の様子を見ても、深い声で語りかけながら涙を拭ってくれる。 「何もしない。安心して。僕にも君くらいの子どもがいるんだ。大事な番もね」 「ぁん……っ」 「彼らに誓って何もしない」  若く艶めかしい藤ヶ谷のフェロモンの誘惑に一切揺るぐことなく。  その男性は抑制剤の効果が現れるまで、ただずっと逞しい腕で抱き締めてくれていた。

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