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第39話・気が早い

「……誠二朗のことで、何か気になってる?」 「いや、えっと……」  藤ヶ谷は何もかも見透かすように顔を覗き込んできた優一朗から一歩後ずさった。  今の感覚を上手く言葉にできない。  そのため別のことで誤魔化そうと、なんとか表情を笑顔の形にする。 「『藤ヶ谷さんが兄さんになるのは嫌』って言われて、その」  苦し紛れの言葉を聞いた優一朗は目を瞬いた。  ほんの一瞬だけ言葉を選ぶような間があった後、口元を緩める。 「あんなに君に懐いてるのに」 「うん……って、待って! 違うんだ! あの、気が早い話ではあるんだけどその場のノリの話というか!」  墓穴を掘ったことに藤ヶ谷は気が付いて焦りだす。  まだ恋人ですらない優一朗と結婚した時の話を杉野としていたことをバラしてしまった。  羞恥心で顔に熱が上り、手を忙しなく動かす。  慌てふためく藤ヶ谷の肩に、優一朗は優しく手を置いた。 「そんなに否定しなくても。見合いをしたんだから、結婚を意識するのは当然だろ? 嬉しいよ」 「ソウ、デスカ」  安心させるように言ってくれる言葉が余計に羞恥心を煽り、藤ヶ谷の顔は限界まで真っ赤になっている。  その間に優一朗が本を選び終えたというので、会計へと移動する。 「そういえば俺、この年で恋人とか居たことなくて。結婚より先にまずまともなおつきあいを……やっぱ何でもない」  恥ずかしさのあまりわざわざ言わなくていいことまで口走ってしまう。  まるで付き合ってくださいと言っているようだ。  そう受け取って貰っても良いのだが、それならばもっと場所や言い方を変えたい。 「世の中の人は見る目がないな」 「いや、あははは」  藤ヶ谷の気持ちが伝わったのか、優一朗は軽く流してくれる。  愛想笑いをするしかなくなった藤ヶ谷は、なぜ自分が恋人が出来なかったかはずっと黙っていようと決意する。 「父親くらいの年齢のおじ様に愛されたいと思って生きてきたら、いつの間にかこんな年に!」  などと、優一朗には口が裂けても言えなかった。  なんとか空気を変えようと、会計から戻ってきた優一朗に必要以上に明るい声で話しかける。 「お、お付き合いっていったら。皐さんから」  最近できた関西弁の友人の名前を出した瞬間、ずっと穏やかだった優一朗の表情が固まった。  藤ヶ谷は杉野以外の共通の知人の話をしようとしただけだったのだが、何かまずかったかと冷や汗をかく。  しかし優一朗はすぐに調子を取り戻した。  違和感があるほどににっこりと首を傾げてくる。 「あいつが何か言ってた?」 「あの、合コンで可愛い子と連絡先交換したって喜びのメッセージが来て」 「……え……?」  視線を彷徨わせ遠慮がちに伝えると、再び優一朗の表情が崩れかけるのが分かる。  不思議に思いながらも、藤ヶ谷は今度は気が付かないふりをして話を続けた。

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