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第41話・兄弟(杉野目線)
「良いもん発見」
風呂上がりにリビングに入るや否や、ローテーブルに置かれた数種類の魚介類の干物が目に入った。
壁一面の窓ガラスから見える夜景を背景に本を読んでいる、優一朗が用意したものだろう。
杉野はタオルで頭を拭きながら、真っ直ぐにテーブルに近づいていく。
優雅に5人掛けのソファの真ん中を陣取っていた優一朗が、気配を察知して視線を上げた。
「やらねぇぞ」
「もう食った」
言葉とほぼ同時に、杉野は黒い器に盛られた貝柱を一粒摘んで口に放り込んでしまう。
牽制した割には優一朗は特に怒ることもなく、弾力を楽しみながら咀嚼している弟を見上げ小さく笑った。
そして腕をテーブルに伸ばして、開けたばかりの冷えたビール瓶を見せてくる。
「こっちはどうする?」
「要る」
杉野は即答した。
四人家族が住むには広いリビングの壁に沿って置いてある、ガラス張りの食器棚へと向かう。
インテリアのひとつとして美しく並んだグラスの中から、優一朗が使っているのと同じタンブラーグラスを手に取った。
杉野は長い足を投げ出すように、ドカリと優一朗の隣に座る。
ソファが揺れていることなど気にせずにグラスを差し出した。
兄弟ならではの横暴な態度に慣れているのか、優一朗は咎めることもなく金の液体を注ぐ。
白い泡が出来ていくのを見つめながら、杉野はふと思い出した。
「藤ヶ谷さんから折り畳み傘を預かってる」
「なんでお前が持ってんだ?」
「無いと困るだろうからって今日会社で受け取った」
「別に良かったのに。律儀だな」
優一朗は柔らかく微笑み、杉野のグラスに自分のものを合わせる。
ガラスが鳴る高い音を聞きながら、杉野は会社での藤ヶ谷とのやりとりを思い出す。
嬉しそうに「相合い傘したんだ!」との報告を受けて、預かった傘を握りつぶしそうになったことは自分の中だけの秘密だ。
優一朗はグラスに口をつけ、再び分厚い本へと視線を落とした。
そして目で本の文字を追いつつ話しかけてくる。
「陸さん、良い人だな」
「藤ヶ谷さんも兄さんのことそうやって言ってたよ」
名前で呼んでいる優一朗に対して苛立ちを感じてしまい、それを隠すように金の液体を喉に流し込む。
「フェロモンの匂いも好みだから相性が良いのかも、だと」
最早、自棄になって自分にはなんの得にもならない情報を正直に話す。
優一朗は本からようやく視線を上げて、泣き黒子が特徴的な目を細める。
「嬉しいな。俺は、彼と番になれたらって本気で思うよ」
「……」
ただ一言「応援する」と言えば、「ありがとう」と言われてこの話は終わったのだろう。
しかし、杉野はそれを言うことが出来ずに押し黙った。
両手で冷たいグラスを強く握り締める。
例え尊敬する兄であっても、藤ヶ谷が自分以外と番になると想像するだけではらわたが煮えくり返った。
杉野の葛藤に気がついているのだろう。
優一朗は本を閉じて膝に置いた。
「クリスマスに言うつもりだ」
「あっそ」
「良いのか?」
熱い胸の内とは裏腹に気のない返事をする杉野の顔を、優一朗は覗き込んでくる。
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