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第42話・本気(杉野目線)

 その視線から逃れるように、杉野はつまみの皿に手を伸ばした。 「良いって、何が」 「顔に、手を出すなって書いてある」  結局、兄には全てお見通しなのだ。  隠しても意味がない。  優一朗は杉野とは違い普通のアルファだ。  学力や運動能力などの数値に出る部分はハイアルファである杉野の方が上だった。  だが兄弟として関わる時、何故か優一朗が一枚上手だ。  杉野は子供のように不貞腐れた表情になる。 「俺がダメって言ったら遠慮するくらいの気持ちならダメだ」  この時、優一朗の目が一瞬揺らいだのを杉野は見逃さなかった。  つまみをポンポンといくつか口に含んで噛み締める。  藤ヶ谷のこととなると取り乱してしまったが、燃える嫉妬心とは関係なく気になっていることがあった。  それを確認しないことには、優一朗を認めるわけにはいかない。 「つっても、決めんのは藤ヶ谷さんだから俺は口出しできねぇけど」 「……なら、遠慮はしないぞ」 「でも、兄さん本気か?」  真剣な眼差しを優一朗に向けると、首を傾げて先を促される。  表情は読めないし確証はなかったが、賭けに出てみることにした。 「皐さん」  ピクッと優一朗の手が僅かに揺れる。  グラスの中身が静かに波立った。 「……一方的に懐かれてるだけだ」 「その口振りがもう怪しいんだよ」  妙な間と、不自然に素っ気ない態度。  優一朗は基本的には藤ヶ谷といる時のように物腰柔らかな人柄だ。  それが皐に対しては弟の杉野にするような、雑な態度だった。  初めは恋愛対象でもない相手に好かれて迷惑しているのかとも思ったが、それしにては仲がいい。  答えは簡単だ。  皐からの「一方的」な気持ちではないからだ。  尋問するような雰囲気の杉野に、優一朗は戯けたように両手を上げた。 「可愛い嫁や子どもとテーブルを囲んで、たこ焼きパーティーをする」 「は?」  脈絡のない台詞に、凄んでいた杉野の肩の力が抜ける。  笑みを保っている優一朗の目は、杉野ですら見たことがないほど悲しげだった。 「俺に懐く前に小耳に挟んだあいつの夢。ささやかだろ」  何もかも諦めたかのように、しかし愛情に満ちた表情を目の当たりにした杉野は口を閉ざす。 「情けねぇよな」  珍しいことではあるが、法律上はアルファ男性とベータ男性であっても結婚はできる。  しかしアルファとベータでは、皐が口にしたという「夢」を叶えることができない。  もしそれを皐が了承していたとしても、彼が捨てたものを後悔させない自信が無いのだと。 「ちゃんと忘れて、番を大事にするさ」  そのための見合いだったのだろう。  オメガに限定したのは、書類上の結婚よりも「番」という強固な絆を手に入れるため。  結果、優一朗は藤ヶ谷という「相性の良い相手」に出会ったのだ。  優一朗の心情を察した杉野だったが、眉を寄せて唸る。 「なんか納得いかねぇ」 「なら、お前も覚悟を決めて奪いにきたら良いんじゃねぇか?」  グラスを傾けて中身を空にした優一朗は立ち上がる。  残りは食べて構わないとつまみの皿を指差し、杉野の頭を撫でてから部屋を出て行った。  普段の兄としての顔を取り繕いきれない背中を見送った杉野は、大きくため息をつく。  つまみの皿に手を突っ込み、豪快に鷲掴んで口へ運んだ。 (覚悟も何も、何回も言おうとしてんだよこっちは)  肝心な時にいつも邪魔が入ってしまう己の不運を呪いながら、柔らかいソファの背に体を預けた。

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