44 / 110
第43話・ぐちゃぐちゃの心
街中を色とりどりの光が飾る。
暗く澄んだ空の下、クリスマスイルミネーションのイベント会場へと変化を遂げた公園はたくさんの人が集まって賑やかだ。
ステージの上の司会の声が空間を鳴らす。
そんな中に、藤ヶ谷もいた。
正確には、そのイベント会場の裏手側。
出店などもない木陰。
杉野と選んだセーターに細身のジーンズ、それをダッフルコートで覆う、今日のために用意した服装で。
茫然と立ち尽くす。
(……ドラマの当て馬って、多分こんな気持ちなんだろうな)
藤ヶ谷の目線の先には優一朗と、優一朗に抱き付く皐が居た。
「俺の気持ちって、やっぱり迷惑なん?」
「何回もそう言ってるだろ」
皐の震える声に対して、藤ヶ谷は一度も聞いたことがない冷たい優一朗の声が答えている。
縋り付くような細い肩を大きな手が掴んで引き剥がす。
力なく離れながら、皐はそれでも懸命に優一朗を見上げていた。
「俺がもしオメガや女の子やったら」
「そういうあり得ない仮定の話は好きじゃない。でも、もし性別が違ったとしても俺の気持ちは変わらない」
「……っ、そうやんな。ごめんな。もう言わんし付き纏わんから安心してや」
藤ヶ谷からは下を向いている優一朗の表情は見えない。
しかし、今にも涙がこぼれ落ちそうな皐の目が健気に笑みの形に変わり唇が弧を描くのは、よく見えた。
「藤ヶ谷くんと幸せになってな」
出ていくことが出来ずに息を潜めて、藤ヶ谷は全てを聞いていた。
待ち合わせ場所に向かう途中で皐を見かけた数分前の自分に言ってやりたい。
「要らないものを見るからさっさと待ち合わせ場所へ行け」
と。
奇遇だと思って皐に声を掛けようと追いかけて、優一朗に告白するところを見てしまったのだ。
見事に玉砕したように見えたが、さすがの藤ヶ谷にも分かった。
二人は両思いだ。
離れていく皐の小さな背中を見る優一朗の握り拳が震えている。
何かあったときに、自分を抑えようとする時の杉野とそっくりだった。
追いかけて抱きしめたいに違いない。
でも、藤ヶ谷と約束している優一朗がそれをしないことも想像がつく。
まだ優一朗は藤ヶ谷が見ていたことに気がついていない。
何も知らないふりをして待ち合わせ場所に向かえば、おそらく優一朗から交際を申し込まれるのだろう。
そういう話を、二人はしていた。
藤ヶ谷は、優一朗に背を向ける。
(付き合ってから、俺のことを好きになってくれるかもしれないよな)
身体が芯から冷える心地がしてコートの襟に首を引っ込める。
こんなに寒く感じるのは、真冬の気温のせいだけではないだろう。
藤ヶ谷は手袋をしていても震える手を擦り合わせた。
頭の中はごちゃごちゃだった。
何のために自分は元々の「おじ様が好き」という気持ちに蓋をして見合いまでしたのか。
深い愛情をもって大事にしてくれる、そういう相手を探すためだ。
(俺が頑張れば、優一朗さんはきっと皐さんのこと吹っ切れて両思いになって。それから番になって、結婚して…もし一番になれなくても、優一朗さんなら大事にしてくれるはずだし……)
それ以上は動かない足を見つめ、鼻から氷のような空気を吸い込む。
「いや! それはちょっと求めてるのと違う!!」
「……っ!?」
突然、気持ちを爆発させて放った藤ヶ谷の声に、優一朗が振り返る。
藤ヶ谷は優一朗の方へと体を向け直すと、ザクザクと土の上を大股で歩いて近づいていく。
優一朗は目を見開いて、一歩手前までやってきた藤ヶ谷を凝視した。
「陸、さん……いつから」
「最初から」
「最初?」
腕を組んで仁王立ちしている藤ヶ谷と狼狽えている優一朗の姿は、側から見るとクリスマスに修羅場を迎えたカップルに見えるだろう。
それで、間違いではないのかもしれないが。
藤ヶ谷は自分が見てしまった内容を思い返し、真っ直ぐに優一朗を見て包み隠さず話す。
「『何度も言っとると思うけどこれが最後やから聞いてくれ! 俺、杉野さんが好きや!』『何度も言ってると思うがよく聞け。お前は俺の恋愛対象じゃない』から!」
「ほ、本当に最初からだな」
ともだちにシェアしよう!