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第44話・唯一無二の関係
「なんで嘘つくんだよ! 好きなら好きって言え!」
至近距離に迫る藤ヶ谷の勢いに優一朗は圧倒された。
「ベータでもオメガでもアルファでも! 男でも女でも、性別に関係なく好きだって言い直してこい!」
「陸さん、俺は別に」
先ほど皐を引き剥がした手で、藤ヶ谷の両肩を掴む。痛さなんて微塵も感じない、優しい手つきだ。
もしも優一朗が冷やかしで見合いをしていたり、思わせぶりな態度で皐の心を弄ぶような男であれば。藤ヶ谷はこんなにも必死にならなかっただろう。
杉野が「良い人だ」と言い切ったことを、藤ヶ谷は信用していた。
大きな手に自分の手袋をつけた手を重ねて、静かに息を吸う。
「優一朗さん、俺と番になろうって思ってくれてるか?」
「もちろん、今日はそれを伝えたいと思って」
覗き込んでくる整った顔は真剣そのものだった。
最近、どこかでそんな目をされたことがある気がして胸が高鳴る。
見つめていたら心がぐらつきそうだった藤ヶ谷は俯き、優一朗の顔が視界に入らないようにする。
「俺も。俺も番になることを前提にお付き合いしてくださいって言うつもりだった」
「じゃあ」
「でもさ、優一朗さん。俺がオメガじゃなかったら別に興味ないだろ。恋愛対象じゃないんだから」
藤ヶ谷は重ねた手を離し、逃げるように一歩後ずさる。
優一朗は無理に追うことをせず、行き場のない手を力なく下げた。
「……それは」
別におかしなことではない。
いけないことでもない。
だがそう反論せず眉を顰める優一朗には、思うところがあるのだと沈黙が教えてくれる。
藤ヶ谷はフッと表情を綻ばせた。
「責めてるんじゃない。俺たちさ、番ったら無難に上手くいくと思う」
優一朗の番になって隣に立つ自分を、藤ヶ谷は頭の中に思い描いてみる。
お互いに尊重しあって、もしかしたらたまに喧嘩をして、それでもまた笑い合う。
絵に描いたような番になれるだろう。
しかしそこで、先日送別会で送り出した同僚の幸せそうな顔を思い出す。
「束縛が強くて大変ですよ」
などと唇を尖らせながらも、番が迎えにきたら嬉しそうに胸に飛び込んでいた姿。
番の腕に包まれている時の満ち足りた表情。
あんな唯一無二の関係に、優一朗と藤ヶ谷ではなれる気がしない。
「なんか求めてるのと違うんだよな。今、そんなにショックでもないし」
相思相愛になりたいと思っていただけに、肩透かしを食らった感覚はある。
だがさっきの今でここまで受け入れられているのは、優一朗に本気で恋をしていたわけではないからだろう。
「仕事で契約がおじゃんになった時くらいの気持ちっていうか」
「……それは、営業としてショックを受けないといけないんじゃないのか」
「揚げ足取りまで兄弟でそっくりだなぁ!」
藤ヶ谷は頬をムッと膨らませる。
「酒飲んで愚痴言って。次、取り戻せば良いやってすぐに思えるってこと。でも本当に好きだったら、皐さんみたいな顔になるんだよ」
泣きそうなのに歯を食いしばり、笑顔を作っていた皐の顔が頭から離れない。
優しく大事に愛してくれそうなアルファだからと、優一朗に興味を持った藤ヶ谷とは圧倒的に違う熱量だった。
「きっと今頃、独りで泣いてるぞ」
「失恋したら誰だってそうだ」
「別の人の腕の中で泣くかもよ」
「止める権利は俺にはない」
皐のことが好きなことをはっきり否定はしないのに、梃子でも動かなそうな優一朗に藤ヶ谷は溜息が出る。
意外と頑固者だ。
「なんでそんなに頑ななのか聞いても良いか?」
問われた優一朗は気まずげに視線を逸らした。
「……子どものわがままのようだと笑わないでくれるか」
「もちろん」
藤ヶ谷が強く頷くのを見て、優一朗は言葉を探しているのか瞳を忙しなく動かし口元を隠す。
そうすることによって落ち着いたようで、出会ってから一度も聞いたことがない弱々しい声で呟いた。
「ベータは、番にして俺に縛りつけられないから」
決してこちらを見ないで発された言葉に、藤ヶ谷は眼を丸くする。
「い、意外過ぎて言葉が出ない」
心からの言葉だった。
知り合ってからの期間は短いが、優一朗はいつも余裕があった。
アルファによくあると聞く独占欲など、この人にはないのかもしれないと藤ヶ谷が思うほどに穏やかで。
しかしそれは藤ヶ谷の勘違いだったようだ。
「怖いんだよ。いつ他に盗られるかわからないと思うと。なら、初めから手に入れない方が良い。……誠二朗には絶対言えないけどな」
優一朗は自嘲気味にポツポツと話してくれる。
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