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第47話・顔を見たくなった

 2人の距離がゼロになっても、服からアルコールの匂いがあまりしない。  おそらく、山吹と昼から飲んでいたというのは嘘だ。  もしかしたら、待ち合わせ場所で合流したばかりだったのかもしれない。  失恋したことよりも、2人の優しさに目頭が熱くなってくる。  グリグリと額を肩に擦り付けた。 「来てくれてありがとな。優一朗さんの情報通り、近くにいてくれて良かった」 「そこは役に立ったみたいなんで、殴るときは顔じゃなくて腹に変更しときます」 「殴るな殴るな。俺、平気だから」  人を殴る杉野も殴られる優一朗も想像出来ないため冗談なのだろうが。  思いとどまらせようと笑顔で杉野の顔を見る。  杉野は納得いかなそうな表情を返してきた。 「平気ならなんでわざわざ俺を呼ぶんですか」 「んー……? そんでもちょっと独りは寂しくて」  どうせカップルだらけの場所だ。  誰もこちらを気にしてはいない。  せっかくだからもっと甘えようと背中に腕を回して抱き付く。  優一朗の香りも好きだったが、杉野の方が慣れ親しんで安心する香りがした。  目線を杉野へと向けて小首を傾げる。 「お前の顔を見たくなっちゃった」 「は? かわ……適当なこと言って誤魔化さないでください」 「本当だよ。でも、予定変更させちゃってごめんな」  藤ヶ谷がらしくなく眉を下げると、後頭部に手が添えられ顔を肩に押しつけられた。  何も見えなくなって慌てていると、低い声が降ってくる。 「……すみませんでした」 「なんでお前も謝るんだよ」 「家族のことなんで」  申し訳なさで顔が見られないのだと言われれば、そのままじっとするしかなかった。 「本当に良いよ。だって、良い人たちだから幸せになって欲しいし」  藤ヶ谷は背に回した腕に力を込め、優一朗と皐の顔を思い浮かべる。  きっと、ちゃんと会えて気持ちを伝えられているだろう。 「ていうか、俺……実はちょっと嬉しくて。すみません」 「う、嬉しいって……まぁお兄さんが本当に好きな人と一緒になれたらそうか」  言いにくそうな声に変わった杉野に、また笑いが込み上げてくる。  真面目だから、そんなことまで正直に報告してしまうのかと。  だが、杉野はそれを否定した。 「違います。藤ヶ谷さんが振られて安心した」 「鬼かよ! からかって遊ぶ気だな!?」  思いがけない言葉に勢いよく顔を上げる。  すると最近杉野がよくする、慈しむような包み込むような、熱い視線が藤ヶ谷を見ていた。  藤ヶ谷は胸が高鳴るのを感じ、落ち着かずに体を離そうとする。 「そうじゃなくて」  杉野は逃がさないと言うように腰に腕を回して引き寄せてきた。  手袋をしていない冷たい手が、朱に染まった頬に触れて目を逸らすことを許さない。 「いい加減気付いてください、俺」  この言葉の続きが藤ヶ谷の耳に入ることはなかった。  どんなライトよりも明るい光が一瞬あたりを照らす。  ほぼ同時に身を震わせるほどの雷鳴が轟いた。  飛び上がらんばかりに驚いた藤ヶ谷が空を見上げると、大きな粒の水が顔に当たる。  そして、雨が地面を叩きつけ始めた。  焦った藤ヶ谷は、自分を包んでいた腕をすり抜ける。  何も考えず杉野の手首を掴んで引っ張り、同じく慌てふためく人々の流れに乗って走り始めた。 「あそこ雨宿りできそうだぞ!」 「いや、え、藤ヶ谷さんそこは!」  杉野の止める声も聞かず、藤ヶ谷は輝く看板の建物に、水飛沫を上げながら駆け込んだ。

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