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第46話・すごすぎる
「藤ヶ谷さん、何かありましたか」
たったの2コールで出たと思ったら開口一番がこれだ。
察しがいい。
藤ヶ谷はさすがだと思わず笑ってしまった。
「藤ヶ谷さん? 大丈夫ですか?」
電話の向こうで杉野が気遣わしげな声を出す。
確かにデート中のはずの人間から連絡がきたら、何かあったと思うのが普通だろう。
藤ヶ谷は人気の少ない場所から光のある方を目指して歩き出す。
できるだけ冗談っぽく聞こえるように、口角を上げて明るい声を出した。
「いやーフラれちゃってさー。慰めて貰おうかと」
「すぐ行きます。どこですか」
期待通り即答してくれる杉野に、口元が緩む。
歩みを進めながら何か目印になるもののところへ移動しようと考えていると、
「あれ? 藤ヶ谷さん? 優一朗さんとデートじゃねぇの」
聞き覚えのある声が機械を通して聞こえてきた。
取引先の営業の山吹だ。
ふたりは高校時代からの友人同士。
相手を切らすことがないらしい山吹が、友人とクリスマスイブを過ごしているのは意外だった。だが当日に恋人と都合が合わず、別の日にクリスマスをするというのは、よくあることだと思い直す。
藤ヶ谷は、何故か杉野がひとりでいると思い込んでいた自分に気がついた。
(あいつにだって予定があるだろ)
優一朗が「近くにいる」という情報だけくれたということもあるが、心のどこかで自分を気にかけてくれていると思っていたのだ。
仕事でもないのにそんなわけはなかった。
胸がざわつくのを振り払うようにひとりで首をふり、気持ちを切り替える。
「山吹さんと一緒か? 悪い悪い! もし良ければ仲間に入れて欲しいなーって」
「大丈夫、もうお開きなんで。今どこにいますか」
「いや、絶対に始まったばっかだろ」
藤ヶ谷は腕時計へと視線を落とす。まだ18時半、飲み始めるにも少し早い。
だが、杉野はキッパリと返事をしてくる。
「お開きです。なぁ」
「今日は2人で昼から飲んでて、俺は今からデートなんで。あなたの番犬はこれからフリーです。つか、こんなお祭り騒ぎの夜に美人が独りじゃ危ないですよー」
同意を求めた杉野に対して、山吹の爽やかな声が聞こえてくる。
2人で飲んでいるところを邪魔した申し訳なさもあったが、妙に説得力のある内容だったので甘えることにした。
「そ、そうか? じゃあえーっとここは……」
顔を動かして周りを確認する。
イベント会場の裏手からは脱したものの、まだ人通りの少ないところだった。
そう伝えると、まずは人の多い明るい場所に行けと言われる。
少し横に逸れたらすぐ出店などもある賑やかなところに出たが、あまりにも人が多い。
イルミネーションよりも人に目がいくほどだ。
これでは見つけにくいし人酔いしそうだったため、メイン会場からは離れることにする。
人の流れについていけば、妙にカップルが多い場所に出た。さっきまでよく見かけていた親子連れは見当たらない。
ふと見上げると、ショッキングピンクのツリーが輝いている。
赤、ピンク、金のハートが飾ってある大きなクリスマスツリーだ。
(子どもとか好きそうなのに勿体無いな)
親子連れはまずメインから回るから後で来るんだろうかと予想しながら、その下に立った。
派手で目立つからすぐに見つけられるだろうと、杉野に場所が分かるように地図を送る。
すると、
『すぐに行くんで誰かに声をかけられても返事すらしないでください』
と返ってきた。
思わず周囲を見渡してしまう。
腕を組んだり手を繋いだり肩を抱いたり、仲睦まじそうな恋人たちが楽しげに歩いているように見える。
「こんなカップルだらけのとこで誰が声掛けてくるんだよ……」
相変わらずの過保護っぷりに半笑いになってしまう。
しかし、あまり長居すると孤独感が強くなりそうな場所だ。
早く杉野が来てくれることを切に願う。
「って、はや!」
ものの数分で、声に出して言ってしまうほど恐ろしい勢いで走ってくる男がいた。
器用に人を避け、最短距離で藤ヶ谷の目の前までやってきた。
「無事ですか」
「おかげさまで。お前すごすぎる」
必死に走っていた様子と淡々とした表情や声がミスマッチすぎて、藤ヶ谷はゲラゲラと笑ってしまう。
流石に暑かったのかマフラーを緩めた杉野は、小さく息を吐く。
「元気そうで良かった。兄さんは後で殴っとくので安心してください」
「なんも安心できねぇけど」
「とりあえずこの場所から移動を……っ」
物騒な言葉にツッコミを入れつつ、藤ヶ谷は額をポスンと杉野の肩に押し当てる。
落ち込んでいると思ったのだろう。
杉野は言葉を切って、そっと頭を撫でてくれた。
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