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第49話・至れり尽くせり
杉野は俯く藤ヶ谷に近づくと、ドライヤーをポイっとベッドの上に投げてきた。
それと共に浴室乾燥機があったと報告されてほっとする。
「とりあえず髪を乾かしといてください」
そして杉野は壁にいくつか掛かっているハンガーを取り、床に置いてあった藤ヶ谷と杉野の服を拾い上げる。
ここに来てから全て杉野に任せっきりだ。
生足が出ている如きで照れている場合ではないと、藤ヶ谷は腰を上げる。
「俺も手伝う」
「いいから。風邪ひきますよ」
杉野は有無を言わせぬ圧のある声で藤ヶ谷を制した。
そこまで言うなら、と、藤ヶ谷は至れり尽くせりの状態で髪を乾かすことにする。
ドライヤーの音を聞きながら、さまざまな思考が頭をよぎる。
(こんなところで2人っきりとか良いのかな。杉野には好きな人が……いや、運命の番がいるかもしれないのに)
以前「杉野の運命の番」が現れたかもしれないと優一朗と話したことを思い出す。
番が出来れば会社に「番届け」を提出する必要がある。
出さなくても罰されるわけではないが、真面目な杉野ならば絶対に番が出来たことを隠さないはずだ。
だが、それが提出された様子はない。
共に働く藤ヶ谷に秘密にする必要もない。
おそらく「運命の番」に出会っていたとしても番えてはいないのだろう。
だが出会ってしまったなら時間の問題だ。
温風に吹かれながら杉野に番ができたら、と想像する。
(番にも、こんな風に優しいんだろうな。……俺だけ特別じゃなくて)
胸に黒いものが渦巻いてくる。
意味もなく叫び出したくなり、片手で口元を押さえた。
「乾きましたか?」
服を干し終わった杉野に声をかけられ、自分の世界に入り込んでいた藤ヶ谷は肩を跳ねさせる。
「あ、うん……っ」
杉野も寒い中で濡れてしまったのだ。
早く乾かさねば風邪をひいてしまう。
藤ヶ谷はドライヤーを切って、すぐに渡した。
受け取った杉野は、適当に風を当てすぎてくしゃくしゃになっている藤ヶ谷の髪をサラリと手櫛でとく。
「後一息って感じですね」
そう言うとベッドのへりに腰掛けて再びドライヤーの電源を入れる。
吹出口が自分に向いているのに気がつき、藤ヶ谷は布団から出て杉野の隣に座った。
膝の上にフリルのついた枕を乗せて目を閉じる。
温風と指先が頭を柔らかく撫でてくれて心地良い。
「なぁ杉野」
「はい?」
「お前に触ってもらえるの、気持ちいい」
「……それは良か……っ」
藤ヶ谷は体を横に倒し、杉野の膝に頭を乗せた。
暖房のせいか、頬に直接触れる太ももは温かかった。
「藤ヶ谷さん?」
戸惑った声を上げた杉野だが、変わらず温風を当ててくれている。
顔は上げずに、藤ヶ谷は滑らかな手でゴツゴツとした膝を撫でる。
「今だけ甘えさせてくれ」
失恋のせいだと思ったのだろうか。
杉野は拒否するような仕草は一切見せず、何も言わずに乾いた頭を撫でてくれた。
(運命の番だかなんだか知らねぇけど……今は俺が杉野といるし)
自分が杉野を独占しているのだという優越感に藤ヶ谷は口元を緩める。
これまで考えたこともなかったのに、どうしてそんな風に思ってしまうのか。
その答えにはまだ気が付かないふりをした。
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